キミの色 >>

幼い頃。裏山を散歩するという兄に竜二と姉弟してついて行った時、一度だけ、自殺現場…というのを見た事がある。五歳の時だった。

夏も夕暮れ近く、辺りが買い物帰りの主婦と帰宅中の学生でにぎわう時間帯。裏山を一通り歩き終え、家に帰る途中の駄菓子屋で、兄が「皆には内緒」と言って家では出されないような市販のお菓子を買ってくれた。それ自体が初めての体験だったのと、買ってもらったお菓子が美味しかったからか、当時のことはとてもよく覚えている。
もう数百メートル歩けば家に着くなーという時、ふと、人だかりが目に入った。
そこは近所でも評判のいい美人な娘さんがいると、うちのお弟子さんから聞いていた家だった。だからか私も竜二も興味を示したのだ。あの人だかりは何?と。
兄はしばらく考え込むと、「何やろうね」と呟いて私達の手を引いて人だかりに向かった。そのまま、近くの主婦に話しかける。

「何かあったんですか?」
「あら花開院さん…、璃玖ちゃんに竜二くんまで。それがねえ…飛び降り自殺やって」
「…自殺…、飛び降り…ですか……」

自殺。それって一番やっちゃいけない死に方だって、お兄ちゃん言ってたよね?
うちは寺や教会ではないからあまり関係ないけど、人として、その人を守る陰陽師として、最もしてはいけないことだと。
まだ警察も何も到着していないその現場。
まだ幼い子供で、周りの大人より背丈の小さかった私と竜二は見てしまった。見えてしまった。

『…ぁ……』

柘榴。

そう、庭の端に植えてある柘榴の樹の下で見かける、落ちて潰れてしまった柘榴みたい。思わず口元に手を持って行けば、その隣で「―――っう、」と竜二がえづいていた。
妖怪とかの血肉は日常的に見ていたけど、これが"自分達と同じ人間のなれの果て"だと思うと、吐き気がこみあげてきた。

「璃玖ちゃん竜二くん、大丈夫?しんどい?」
「顔色が…」
「ああ…えげつないもんな、子どもが見るもんやない。きぎゃりぃやろ、はよ帰り」
「おおきに。ほな、失礼します」

夕闇の迫る道を、兄を中央に、三人手をつないで歩く。
からり、ころり、からり、ころり……。下駄の音がコンクリートで音を立て、静かな分、先ほどの光景を思い出させた。

目が、あったような気がしたのだ。

死んでいる彼女。息絶えてしまった彼女。天涯孤独になりけれど明るく振舞い、挙句、自分が結局独りなことに気づいて死にたくなったと遺書を残して死んだ彼女。
首の骨など折れていて、目なんてあらぬ方向を向いていて、ぐちゃぐちゃになった身体から、赤黒い血や臓物だけでなく、白い骨まで見えて。そして、異臭がした。
気持ち悪い。嫌だ、ああなりたくない。
自分がそう思うのも嫌だったし、だけどあんな死に方はしたくない。死にたく、ない。
竜二も目の色がおかしくて、おそらく私と同じようなことを考えているのであろうことがわかった。ぎゅっと目を閉じた時、頭上から兄の声が落ちてくる。

「……ちょっとしんどかったかもしれへんけど、ええ経験になったね」

兄は大変聡明な人であった。学に関してもそうであったが、特に、人生に関して、生きることに関して。
私と竜二は言われた意味がわからず、若干涙目でそれを見上げる。

「陰陽師の家に生まれたからには、必然的に、さっきみたいなんは関わってくるから。どんなにかなんー思ても慣れないと」

適当にしろという意味ではなく、そうしないと自分達の方が壊れてしまうのだと兄は言った。

「…耳ィ、澄ませてみ」

唐突に放たれた言葉に戸惑う。しかし、その隣で竜二が目を瞑って耳を澄ましているのを見て、私も慌てて従う。
昼間より涼しい時間。
静かに響く下駄の音。
存在を知らしめるかのごとく鳴く蝉。
何も、変わったことはない。そう思い目を開けた瞬間、

―――ぐちゃっ

嫌な音が聞こえた。それも一度だけではない。
ぐちゃっ……ぐちゃっ……ぐちゃっ……ぐちゃっ…、等間隔な時間をおいて、ずっと聞こえる。

「自殺はあかんよ。家でも教えられたように、下手すれば妖怪に、そうでなくても地縛霊になってしまうから。痛いし、苦しいし、楽になんてなれへん」
「お兄ちゃん…怖い…」
『…音が…』

怖がる私達を、兄は大丈夫だと慰めた。「あれはあそこから動けんから」と。
―――背後を振り返った兄の視線の先には、先程の人が群がる建物の上から落ち続ける女性の姿があった。

「阿呆な女。飛び降り自殺は落ち続ける、死んでも、ずっとな」

陰陽師はそんなアホでも開放することが出来る。
けれど、兄がそうしなかったのは、彼女が自分で命を絶ち、そして命を大切にしなかったからだろう。命を理不尽に脅かされ、削られ、奪い取られる運命にある兄の前でそんなことするから悪いのだ。


「璃玖、竜二。自殺はあかんからね、よう覚えとき。もしやったとしても、誰も、俺も助けへんから」


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