キミの色 >>

今朝、職員室で佐藤くんと言葉を交わしてから、どうにも頭の中に兄の姿がちらつく。
それは幼い頃に見た、女性の飛び降り自殺の現場と共にやってくる。どうして気づかなかったのだろう。同じ場面を何度も繰り返す。一定間隔で繰り返されるそれは、どう考えたって彼女の死因が自殺であることを証明していた。
死因が自殺ともなれば、立海の生徒であったことは制服から特定済みであるし、だいぶ人数は絞られるだろう。彼女が誰かわかる日も近いはずだ。

「あっ」

くるり。
何も視界に入らなかったふりをして、踵を返して教室に戻って扉を閉めた。

「あれ、飲み物買いに行ったんじゃなかったん?」
『…いや、やっぱり節約しようかなって』
「は?そないなの、俺が買うてあげんで。何がええ?」

そういう問題ではない。今はそういう優しさはいらないのだ。普段ならばありがたく受け取るそれも、今回ばかしは素直に受け取れない。
でも飲み物はほしい。のどが渇いているのだ。
椿をとるか。飲み物をとるか。数秒悩んで、教室の壁にある時計を見る。次の授業が始まるまで、三分ほど。買って帰ってきて……教室の直前で撒くのが関の山だろうか。もし扉を開けてすぐにスタンバイしていた場合、それもどっこいどっこいという感じだが。
あえて椿には何も知らせないことにして、緑茶をとお願いをした。

「わかった。綾鶯なかったら庵園で許して、」

がらっと扉を開いた瞬間、椿はわき目も振らずに走り出した。そのすぐ後ろを、先ほど見かけた赤い髪の男子生徒が、待て!待ってくれって頼むから!なんて懇願しながら追いかけていくのを確認して、ああやっぱりあそこで待ってたんだなと確信した。

やっぱりお昼は生徒会室でとろう。





「璃玖酷ない?俺んこと人身御供に差し出して逃げたよな?」
『人身御供とは失礼な。言わなかっただけじゃん』
「知っとったならおせてよ!」
『椿…あそこに柳の友達がいるとして、教えたら行かないでしょ』
「その通りどす!」

半ばやけくそになって叫ぶ椿をどうどうと静め、椿の功労により手に入ったお茶をすすりながら今までの立海生のファイリングされた資料を眺める。先ほどまでゆっくりとお弁当を食べていたのだが、行儀が悪いと椿に指摘されて、この通りである。

「にしても、何であいつら俺らんこと追ってくるんやろう。しかもすごい形相だし…」
『柳に聞けばわかるとは思うけどねぇ……』

あ、あった。椿が苦労して手に入れたお茶の入ったペットボトルのふたを閉め、資料をよく見ようと身を乗り出す。写真はだいぶ古いもので色あせていたが、私が見間違えるはずもない。落下を繰り返しているからか、彼女は酷いありさまだったが、写真を見れば、まだ面影がある。
ちょうど落下してきた彼女と写真を見比べても、……うん。間違いない。
ちょっと吐き気を催している椿から距離を取り、写真のそばの文字を見る。昭和十年。一瞬気が遠くなる。そんな昔から、彼女はずっとこの学校にいて、ずっと落ち続けていたのだろうか。ぞっとするものもあるが、それよりも何よりも、やはり自殺することは何の得もないのだなと思ってしまう。

「はあ、これまた随分と昔の…別嬪はんやん」
『…まあ今は見る影もないけど』
「ほんまそれな」

生徒の名前を見て、その苗字に心当たりがあるなと思ったところで大体の彼女が自殺に至った経緯が思い当たり、その仮説が真実かどうかをいずれ確かめようと思って資料を閉じた。とりあえず、彼女が何者か、そしてどうして死んだのか。これだけがわかれば、後はもう用はない。
後は学校側がいつ気づいて依頼してくるかだなあ。

『そういえば、テニス部の方はどうだった?』
「ああ……常に誰かがスタンバってる。部長副部長もよく見かけるし、相手はんは本気で捕まえに来てるな。柳のことは見てへん。協力してなさそうな感じやったけど」
『逃げ切れなさそう?』
「いや、そないなことはない。いけるやろ。そりゃ、一直線の勝負になったら、相手は運動部生なんそやし分が悪いけど、校舎内とか町全体ならいける。隠れもって逃げるの、得意やろ?」
『ふむ……。じゃあ、しばらくは鬼ごっこ継続で。捕まったらめんどくさそうだし、柳が協力してないなら、種明かししてやる義理もないでしょう』

これに当事者である柳が加担しているとくれば、話してやる機会もあったかもしれないが。
柳が利口でよかった。

また、目の前を彼女がよぎる。

一直線に地面へと落下していく彼女は、数日前に比べてもはっきりと見えるようになってきている。こうもなれば、他の生徒へと何らかの被害が出るのも、時間の問題だろう。


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