キミの色 >>

どういう事だ、とか。あれは何なんだ、とか。この状況は一体どうなっているんだ、とか。そういった質問をする余地は、一切与えてくれなかった。

『合理』
「また"り"かいな!!えーっと、えー……リンチ!」
『うわ物騒。地理』
「りっ、り、りー……」
『ほら、早くしないと効果が切れちゃうよ』
「ここぞとばかりに意地の悪い事を…!リップ!」

とりあえず何でこいつらは突然しりとりをし始めたんだ。しかもさっきから久坂には"り"しか回されない。花開院が今までに見ないほど輝いているんだが、これはつまりそういうことなのだろうか。
さっきまでは震えていた足が、花開院に肩を叩かれてからは、自分の意思に関係なく勝手に走っている。それをさして不思議に感じるでもなく冷静に受け止めている自分に驚きつつ、そう言えばしりとりを使ったまじないのようなものがあったなと思い出した。普段は考えもしないことだ。俺はテニスも科学的に考えるためか、そういうものの存在を認めない傾向があった。―――が、今日を境にその認識は変わることとなったのだ。

ふっ

階段の踊り場に出る時、必ずあの影が夕日を遮る。だが、生徒会室にいた時のように好奇心などからそれを見ようとすることはなかった。見てはいけない。花開院の言葉に、本能的に危険を察知し、それに従った。
しかしこの状況はどうしたものか。片や幼馴染と同じくらいの背丈の男、片や自分より二十センチちょっと小さな女。どうして俺はその間に挟まれ、子供の頃のお遊戯会のように手を繋いでいるのだ。羞恥心は僅かにあった。だが決して手を放す気は起きなかった。それはやはり、所謂"幽霊"なるものの存在を認めてしまったからかもしれない。俺には未知なるものに対する、恐怖心があった。

『柳、考えない』

階段を全て下りきり、昇降口で靴を手にしようと走っている時だった。花開院に静かに囁かれ、俺は思考を放棄する。
普段はそんなことはしない。だが、この花開院の言葉だけは違った。花開院が転校してきてからの生徒会を通じての付き合いで、ある程度こいつが表面上どんな人物かはわかっているつもりだ。
悪い奴ではない。肝心な時に、頼りになる。従うべき相手だ。だからこそ俺は躊躇なく思考を放棄出来た。
とにかく全速力で走り、俺達は正門を抜けた。瞬間、俺はその場にへたり込む。
驚いて花開院と久坂を見れば、久坂だけが俺を見ていつもの胡散臭げな笑みとは違う、苦笑を浮かべた。花開院と言えば、彼女はやけに冷めた目で立海の校舎…、正しく言うならその屋上から一階までを落ち続ける女を見ていた。一階までべしゃりと落ちると、次の瞬間にはその女は屋上に立っていて、飛び降りる。落下。潰れるような音。屋上。その繰り返しだ。

いつの間にか靴を履きかえていた久坂が口を開いた。

「うちの生徒はん?」
『……どうだろうね。ちょっと古いタイプに見えるけど』

何のことを話しているのかはすぐにわかった。あの女が立海の生徒か、そうでないか。確かにあのセーラー服は今のものではなかった。

「ずーっと璃玖のこと睨んでたなあ。何やしたん?」
『心当たりはないけどなぁ』
「柳のこと見て、ニタァって笑っとったなあ」
『顔がいいから。柳は』

それが、一体全体、どう関係してくるというのだ。確かに、見ないで正解だ。飛び降りする女の、粘着質な笑顔とは…この柳蓮二の、一生のトラウマになるだろう。
何も出来ずに座り込んでいると、あれ、と聞き慣れた声が耳に届いた。瞬間、すべての音がクリアになる。もう、あの潰れるような嫌な音は聞こえていなかった。

「柳?」
「えっ、柳先輩?」
「それに生徒会の……」

振り向けばテニス部の仲間達がいた。座り込んでいる俺に、赤也がどうしたんスか先輩!と丸井達と共に駆け寄ってくる。ほ、っと溜息が零れた。いつも、通りだ。
大丈夫かとの問いに大丈夫だと何の確信もなく返していれば、視線が自然に精市達へ向かう。精市と弦一郎の視線は花開院と久坂に向いており、その視線は鋭いものだった。その場が静まり返る。

「生徒会長の花開院さん…だよね。何だか柳の様子がいつもと違うような気がするんだけど、生徒会で、何かあった?」

何も見ていないはずなのに、精市の質問は的を得ていた。珍しく弦一郎が口を出さないと思えば、俺の肩側にいた赤也が、おいどうなんだよと少々荒い口調で告げた。
おい赤也、花開院達は三年だぞ。
案の定、久坂の眉根に皺が寄った。花開院は上下関係をあまり気にしないが、久坂はそれをよしとしない。口の利き方に気をつけろ、とドスの利いた久坂の標準語が響いた。怒っているのだろう。背筋がぞわりと粟立った。

「久坂…」
「そう生き急ぐな。せっかちは得しないぞ?俺が短気な奴だったら、もうお前のことを殴り飛ばしてる」
「っ、」
「こっちは柳守ってやったのに…。噛みつく相手はちゃーんと選べや、ガキ」

最後の言葉に悪意があった。顔は笑っているが、内心はどうだかわからない。さっきのような苦笑とは違う、いつもの胡散臭い笑みに、蚊帳の外に出された気がした。

『椿、』

凜とした声がその場に響き、一瞬、そう、一瞬だけ久坂の表情が真顔になった。が、すぐにいつもの表情に戻る。はいなと緩い返事を返していた。
花開院はそれを確認すると、内履きを手に持っていたローファーに履き替え、えーっとテニス部の部長さんと真田君だよね、とようやく精市に視線を向けた。見たことのある人当たりの良さ気な笑みが浮かべられていた。

『生徒会はいつも通りだったよ。後輩達を先に帰らせたから、忙しくはあったけど』
「……そう」
『今日は柳を長い時間借りちゃって悪かったね。主力メンバーなのに申し訳ない。次からは気をつけるよ』
「うむ。たるんどるぞ、花開院!」
『はは』

何かがおかしい、とは皆が気づいていただろう。おそらく花開院もこちらの様子に気づいている。けれど、それでも無理矢理通すようだ。

『部活仲間の邪魔するのも悪いし、私達はここで失礼させてもらうよ』
「花開院、」
「ほなさいなら」

花開院の視線が一瞬俺をとらえ、次に校舎の屋上を映していた。


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