キミの色 >>

個人情報保護法はどこへ行った。
新学期を迎え、今日も割と修羅場な生徒会室で私はつくづくそう思った。
送られてきた未登録の、けれど見慣れた文字列のメアドからのメールを何とも言えない顔で読んでいると、パソコンでワードを開いていた椿がこちらを見ているのに気付く。相変わらず胡散臭い笑みだ。
……さて、こちらはどうしたものか。そっと、視線を机の下に隠した携帯に戻す。穴が開くくらい見ていても、受信メール画面に表示された文字は変わらない。

"連絡寄越すか、一度本家に顔を出せ"

胃が痛くなるような言葉だ。さっすが双子のきょうだいなだけはある。どの言葉が一番私に効くのかよくわかっているようで、私は複雑な気分だよ。これを送信したきょうだいのしかめっ面を思い浮かべ、きっと竜二もこんな気分だったんだろうなと、一人で勝手に納得した。良心が痛まない訳ではないが、とりあえずこのメールは無視だ。ごめん、竜二。携帯をパタリと閉じた。

私が実家を出たのは、今から二年ほど前のことである。

実家はそれなりに有名な陰陽師の一族で、私ときょうだい達はその本家血筋であった。そんな恵まれた環境を何でわざわざ、と思うかもしれないけれど、まあ…平たく言えば色々あったのだ。そう、色々。
小中を地元、京都できょうだい達と共に過ごし、高校も一年生の冬まではそこにいた。が、色々訳あって、正月を迎える前にこちらへ越してきてしまったのだ。一人暮らしも、今年で二年目となる。
双子の片割れとはいえ、私は本家血筋の長子という事もあって、家を出ると伝えた時はそりゃもう、揉めに揉めた。
双子の弟には何で今更と怒鳴られたし、末の妹には行かないでと泣き縋られたし、分家の義兄弟達には難しい家のあれこれや今後について詳しく問い詰められた。思い出したくない思い出の一つだ。
結果的には、仲良くしていた当主、私の祖父にあたる二十七代目秀元のおかげでひとり暮らしを認めてもらえたのだが、実家からの呼び出しはことごとく無視している。
……と言うかあれだ。そもそも、私は自分の連絡先を実家に教えていないのに連絡が来るのがおかしい。だからこれは正当な行為であって、決して嫌なことから目をそむけているとかそんな訳じゃないのだ。うん。

でも正直、流石に新年の挨拶に顔を出さなかったのはまずかったかなと思ってる。手紙は出したけど。

「花開院、」

ふいにかけられた声に、反射的に携帯を閉じた。画面が見られていないことを祈りつつ、顔を上げる。

「一、二年の本日分のノルマだ。会計から二年佐々木、一年日向、庶務から二年佐藤の分になっている。一応俺も目を通してあるが、確認してサインをくれ」
『はい、了解。……えーっと、これ何の書類だっけ?』
「しっかりしてくれ、生徒会長。次の会議で振り分ける委員会の予算案だ」
『あー…あれか。確か、美化と生物が予算上げてほしいって要望だったっけ。どーなったかなー……』

書記の柳から受け取った書類をめくる。それぞれの委員会でページが割り振ってあり、そこに購入した物品の名前、内訳、合計などが記入されるきまりだ。
今年は美化委員会と生物委員会が予算を上げてほしいと言っていて、美化は校内に緑を増やすために屋上に庭園を増設、生物は小屋の修理をしたいのだと聞いている。後者は動物に逃げられても困るため許可を出そうと思っているが、前者は全体的な予算のバランス次第である。世界中で地球温暖化が嘆かれている今、校内に緑を増やしたいというのはいいアイディアだと思うが、庭園を造り、しかもその上そこに植える植物を購入するとなると代金はかさむ。ここは次の会議で、あまりお金の必要ない委員会から予算を自分でもぎ取っていってほしい。あまり生徒会でいじりすぎても、苦情が来るし。
一通り目を通したところで計算ミスがない事を信じ、生徒会長が許可したという印の印鑑を押した。

『まあ、後は各委員会に任せるとして……じゃあ…佐藤くん。これ帰りに職員室でコピーして来てね。会議の日までに持って来てくれればいいから』
「うーっす。今日中にやって、明日渡せるようにしときまっす」

いい心がけだ。佐藤くんに書類を手渡せば、パソコンの打ち込みがようやく終わったらしい椿がぐーっと伸びをした。相変わらず猫みたいな奴だ。

「んっ……やったら、今日はもう一、二年生は三人とも帰らせてしまってええんやないか?ノルマは終わったんだし」
『ああ、それもそうだね。じゃあ、三年以外は解散でいいよ』
「えっ、いいんですか?でも先輩達……」
「俺達は去年もこんな感じだったからな、慣れている」
「いやでも、」
「ええって言うたらええんやよ。どうせお前らも夏過ぎたら嫌でもやるようになるんそやし、楽でけるうちに楽しといたらええんや」

書記と副会長と続いた言葉に、三人は戸惑いながら私の方を見た。最終的にこっちに振られるのか。ふーっと溜息を吐き、いつもの表情のまま、ひらひらと手を振った。


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