希望はない。 | ナノ

(04)


これまた、どこか雰囲気のある。暑い日差しの中を蜃気楼の見える道を歩いていけば、たどり着いたのは宿泊所として指定された旅館だった。
フェレス卿が選んだと聞いてあまりいい予感はしていなかったのだが、これは久々のあたりだろうか。
純日本風の木造建築とは趣がある。おお、すげえなんて感嘆の息を吐くシュラの傍ら、宿泊の手続きを済ます。荷物を仲居に渡し、女将さんに対して口を開いた。

『正十字騎士團の藤本瞳子です』
「同じく、霧隠シュラ」
『今日から、五日間ほどお世話になります』
「あ〜いえいえ、遠いところ、ようこそいらっしゃいました。お話は伺っております。藤本神父の、娘さんとお弟子さんだとか」
『……フェレス卿ですか?』
「ええ。優秀な祓魔師だって仰ってましたよ」

これでここらも安心ですわ、なんて言う女将さんには申し訳ないが、私の全意識はフェレス卿にと向いていた。何言ってくれてんだあのくそピエロ。
あちらは温泉、あちらは売店、起床時間、就寝時間。裏の森は危ないから入らないように、って祓魔師の方には関係あらしませんね。そんな説明を聞きながら私に宛がわれた部屋へ向かった。ここら辺は何ともフェレス卿らしい。
一華の間。この旅館で一番大きな部屋だという。

「本日はあと一団体…ちょうど、聖十字騎士團さんの滞在期間中にここにお泊りになられる学生さんらがいらっしゃるんです。ちょっと騒がしいかもしれませんが、すみませんね」
「ああ…来る途中見かけたな。確か、桐皇学園のバスケ部だったか」
「あら、お詳しい。お知り合いでも?」
『ええ、まあ、ちょっと…』
「そうでしたの。なら安心できますわ」

じゃあまた夕飯の時間になったらお呼び致しますので、それまでごゆっくり。
ぱたん。静かに閉じられた扉に息を吐き、どさっと無造作に荷物を投げ置く。……ああ……この部屋、凄く涼しい…。クーラー最高。
備え付けの冷蔵庫に、さっそく所狭しとビール缶を詰めていくシュラが、ニシシ、といつもの悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「やっぱ来やがったな、ショーイチ。厄介事決定じゃねーか、この案件」
『いや…今回ばかりは違うかも知れないし……』
「望み薄な期待抱くのやめろよ。疫病神憑きのイマヨシショーイチだぞ?」
『……シュラ』
「だって本部じゃあいつそう呼ばれてるもーん」

伏せったまま睨みつければ、分が悪くなったのか、シュラはさっと目をそらした。
ますます外に出たくなくなる。
そもそも、本部が見つけたなら本部で調査してくれというのが本音だ。私は現在、日本支部の人間である。
四大騎士といえど、上には聖騎士やら三賢者やらの上司がいる。
かなしいかな。所詮、しがない中間管理職なのだ。社畜みたいなもんじゃないか。まだ花の女子高校生だというのに。
未だ、ビールの冷蔵庫詰め作業が終わらないシュラを放置し、鞄から取り出したノートパソコンを起動させ、がさごそとUSB端末を取り出した。ツーマンセルで来た意味なさすぎかな。このUSBは、もし本部にばれたら確実に私含めて数人の首が飛ぶような代物だ。大切に扱わなければならないが、割と乱暴に、鞄の下の方に入っていた。雑か。

―――本部の機密情報が入ってるっていうのに。

正直なところ、ばれたらやばいなんてもんじゃない。まあ辛うじて命だけは助かったとしても、よくて拷問、悪ければもちろん死刑。入手経路はちょっと言えない。

『……なーにが最近見つけただ。ばっちり資料残ってるじゃん』
「んにゃ…厄介だにゃ〜……」

しかも危険度がS+ときた。普通なら何人かの祓魔師でパーティーを組んで行くようなところだ。本部ばかじゃないのかな。そんな所に女の子を一人だけ派遣しようとするってどういうことだ。後方支援に何とかシュラを組み入れたものの、少し心もとない。

『やっぱりどうにもきな臭いなぁ』
「ショーイチもいたしな?」
『……まぁ、翔一くんが単独で来ることはないし。陰謀めいたものは感じるかな』

来る途中に見た青年の顔を思い出し、うーんとしばらく唸ってパソコンの電源を落とした。USBをしっかり回収するのも忘れない。

『とりあえず情報を集めて…調査は明日からで……』
「さんせー!……って、お眠ちゃんなのか瞳子?やっぱガキだな〜」
『ここに来る直前までやってた塾の授業、七連勤だったんだよ…』

片手で携帯端末を操作し、部下へと指示を飛ばし、私はというと、座布団の上に寝転がり、はああ…と全身から力を抜いて息を吐き出す。
どうせ今日はもうすぐ暗くなる。森の中の調査は明日から、というのが賢明だろう。
がやがやと賑わい始めた旅館の中、ゆっくりとまぶたが重くなって落ちていくのを感じた。

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