ああ、やっぱり。
男子テニス部って聞いて、そういえば教官に通過儀礼でぶっ飛ばされてた子がいたなと思ったんだよ。少しえぐい色味をした頬を大きな湿布を貼って隠している、特徴的なもじゃもじゃ頭の部員のひとりをみて、昨夜シャーディス教官に口答え(意見)したのは間違いではなかったかもなと思った。生徒だったお前が教官の私にいっちょまえに口答えをするのか!とぶん殴られ、私も彼と同じような痛みを味わっている。
悪い人ではないのだが、壁の外の常識が、この壁の中でも通じると思っているあたりが何とも言えない。

これは近づかなくて正解だ。

朝練と言っても、マネージャーは放課後の準備をちょちょいとするだけだからすぐに戻ってきます。そう言って去っていったさくらちゃんを、テニスコートからは死角になるところがなかったため、苦肉の策として登った木の上で待つ。
ここらは壁の外と違って、馬鹿でかい木はなかったため、木といってもそんなに高いわけではない。もさもさと茂る葉っぱがいい目隠しだ。

と、どれだけ飛ばしたのか。テニスコートからボールが勢いよくこの木の下まで飛び出してきた。

『うわ、』

ぷすぷすと音を立てているが、何でこのボールは焦げいているのか。ここのテニス部ほんと頭おかしいんじゃないか。
どうしたもんかと思っていると、人がこちらにやってくる気配がして、思わず木の上から下を見た状態のまま、その様子をぽけっと見つめてしまった。

不意にその人物が上を見上げた。

「…………あなたは……巨人学の、秋野先生では…」

不審そうな視線が告げている。こんなところで何をしているのだと。この糸目には見覚えがあった。昨日の授業を受けていた生徒で、通過儀礼で殴られていたもじゃもじゃ頭に反応していた一人だ。
そうか、同じ部活仲間だったのか。

『あー……後輩さん、頬は大丈夫?』

どの口が、と思うだろうが一応聞いてみた。すると、以外にも糸目は腫れの引きがよくないようですと正直に教えてくれた。
だろうなあ。さっきも見てたけど、教官からの打撲は簡単には治りにくい。
上からで失礼。と前置きし、持ち歩いていた潰された薬草の入った小瓶をハンカチで包んで、ほい、と糸目に向けて放り投げた。糸目は、それを予想通りにキャッチする。

『ドロドロになるまで水を加えて、布と一緒に貼り付けておくといい。臭いはきついけど、治りは早いよ』
「これは……」
『君らには馴染みがないか。でも、これが一番シャーディス教官からの打撲には効く』

あの人は殴り方に遠慮がないから、普通の薬だとなかなか効かない。私も含め、兵士一同は何度この薬の力を借りたかわからない。が、先輩達が今でも愛用するほどの働きっぷりだ。効果は覿面だろう。蓋を開き、その中の薬草の臭いを嗅いだ糸目は、わずかばかりに顔をゆがめた。悪臭であろう。

「一体何の植物を使っているんですか」
『壁の外に生える毒草。煎じると薬になるんだ』

まあまず壁の内側の人間にはなじみがないだろうし、何があるかわからない壁の外のものだというところで拒絶反応を示すものが大半だろう。毒草、というところに反応した様子を眺め、使うかどうかは判断に任せると言って木の上から降りた。
ちょうど、そこに仕事を終えたらしいさくらちゃんがやって来る。タイミングばっちりだよさくらちゃん。

「お待たせしました!って、あ……柳くん、ボール見つかった?」
「、ああ」
「よかったねぇ。幸村くんの飛ばしたボール、いつも見つからないから」

あの焦げ焦げボール、その幸村くんとかいう人が飛ばしたのか。やばいな。
それを平然と受け止めているさくらちゃんを、兄に似て肝が据わっていると思いながら、自然に会話を切り上げて職員室へ向かった。

さてあの柳くんとやら。薬草使うかな。





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