君に贈る精一杯の
土方は悩んでいた。それにイライラもしていた。今副長室は煙草の煙りで充満している。灰皿には煙草の吸い殻が山盛りだ。
土方は煙たい部屋の中壁に掛かっているカレンダーを忌ま忌ましげに睨んだ。十月十日の欄には赤い二重丸が書き込んである。何ヶ月前だろうか、銀時が副長室を訪れた時に嬉しげに書き込んで行ったものだ。自分の誕生日だと言いながら。
土方の性格だと、書かれてあるものを無視するなど到底できやしない。意識しないようにと逆に意識してしまっているのだ。それに銀時と土方は所謂お付き合いというものをしている。男同士という壁を乗り越え、周囲からも賛同を得ている。土方はぼんやりと銀時の事を思い出した。最近テロが頻繁に起こったり、銀時に仕事が入ったりですれ違い、なかなか会えていない。もう、一ヶ月以上も会っていないのだ。かぶき町に出た時ちらりと見かけた事はあっても話していない。三日に一回はかかって来た電話も、もう鳴らなくなっていた。

土方は今このうえなく不安に押し潰されそうになっている。銀時の事は好きだ、好きだが素直になれない自分がいる。振り返ってみると、銀時の猛烈なアタックに折れ付き合い始めたのだが、銀時に対する態度はどこか冷たかったように思える。性格が災いして、銀時にデレる事ができないのだ。人前で手を繋ぐ事もできず、優先順位は銀時より仕事が上。銀時から与えられる愛を受け取るだけで土方からは与えようとしなかった。
もしかしたらもう銀時は自分に愛想を尽かしたのではないか?そう思ってしまう。だがおとされたとはいえ、今は土方自身銀時が好きなのだ。別れたくない、それを表現できないだけで。


「誕生日に、今までの分を返すとか……」


何気なく呟いた言葉。だけどそれが案外いい案なことに気づいた。誕生日に銀時の喜ぶ物をあげて、恥ずかしいが思いを伝えよう。そう思い立ち上がった。バッと障子を開けて充満している煙りを逃がす。新しい空気を吸ったところで土方はまた障子を閉める。
銀時が喜ぶ物をあげようと思った。だが、銀時が喜ぶ物が何かわからないのだ。甘味という候補もあったが、それならいつも土方が奢っている。だから何か特別な物をあげたかった。


「………」


だがどれだけ悩んでも考えてもいい案は出てこない。やはり甘味以外思い浮かばなかった。よくよく考えてみると銀時の事もあまりよく知らない自分がいて、考えれば考えるほど気分が沈んで行くのを止められなかった。


「ふっくちょー!頼まれてた書類持って来ましたよーっ!」

「……山崎」


ドタドタと廊下を走りながらやって来た山崎。片手に持った紙切れをピラピラ靡かせている。その時土方はあることを思いついた。考えて思い浮かばないのであれば、周りの奴らに聞けばいい、と。それに山崎には何回か銀時の偵察をさせた事がある。


「山崎!!」

「はいい!?」


土方はいきなり山崎の肩を掴んだ。てっきり書類だけもぎ取られまた蹴り倒されると思っていた山崎は予想外な行動に声が裏返る。それに自分を見てくる土方の目が必死過ぎて逆に怖かった。
もしかしてさっきまで実はミントンやってたとか、この書類は一週間前のものだとか、どれがバレたのか分からない山崎は軽くパニック状態だ。どのみち殺される覚悟はしておかないといけない。覚悟を決めて目を閉じた時、土方が口を開いた。


「銀時は、誕生日になにをやれば喜ぶと思う」

「……はい?」

「お前なら分かるだろ、山崎」

「……は、はいい?」


これまた予想の斜め上を行く土方の言葉に、山崎は唖然とする。あまりにも真剣な目で見てくるものだから、言葉に詰まった。ここで変に当たり前な回答をしたら、きっと殴られる。かといって素直に意見を言っても殴られる。どのみち殴られるという選択肢しか山崎には残されていなかった。どうせ殴られるんなら、ここは素直に意見を言う方が上だろう。山崎は覚悟を決めて口を開いた。


「た、たまにはデレてあげたらどうですか……?」

「………」

「あ、やっぱいいですすみませんんんっ」


ひいいいと悲鳴をあげながら両手を顔の前で交際させる。だが、いつまでたっても土方の拳は山崎に降り懸かってこない。それどころか、降り懸かってきたのは全く別のものだった。「そうか……やっぱりか」と弱々しげに呟く声だったのだ。これには山崎もギョッとした。土方が銀時の事でこんなにも悩んでいる。普段は銀時好き好きオーラなんて微塵も出さない土方が、だ。もうこの事実だけで銀時は狂喜乱舞するのではないか。山崎は銀時の顔を思い浮かべた。


「なんだぁ、トシとザキじゃないか!どうしたこんなところで!」


何やらぶつぶつ呟き始めた土方の対処に困っていた山崎の前に、廊下の向こうから近藤がやってきた。近藤は二人に近づくと、二人の顔を交互に見て土方の肩を叩いた。


「どうしたトシ!元気ないじゃないか」

「あんたが元気すぎるんだよ……」


いや、今の副長は見るからに元気ないですよ。隊長が見たら喜ぶくらいに。山崎はそう思ったが、寸での所で言葉を飲み込むことに成功した。
土方はため息を一つ吐くと、先ほど山崎にしたのど同様の質問を近藤にぶつけた。その一言で土方が何故こんなにも元気がないのかを悟った近藤は、なんだそんなことかとまた笑った。


「そんなことって、」

「トシがあげるものなら何だって喜ぶだろうさ。そんなに心配することないぞ」

「その"もの"が決まらねぇから聞いたんだよ…」

「ああ、そっか!」


すまんなあトシ、と申し訳なさげに言う近藤に、土方は首を振った。


「じゃあ土方さんが裸エプロンすればいいじゃないですかィ。それかナース」

「総悟!?」

「ほら、服ならここに」

「なんで持ってんだよ!」


いつから話しを聞いていたのか、今度は沖田が介入してきた。片手にはエプロン、片手にはナース服を持って。本当にこの青年はいったいいつこんな物を入手しているのやら。きっと金は全て土方にまわっているのだろう。


「出血大サービスでもいいんじゃないですかィ?普段あんだけツンケンしてんだ。これ着て『プレゼントは、わ・た・し』くらい言えよ土方ァ」

「なっ、なっ……な!!」

「旦那も男ですぜ?これくらいやらないと愛想尽かされまさァ」

「うーん、確かに好きなあの子からの出血大サービスはいいと思うぞ」

「近藤さん!?」


そのまま土方に服を一式押し付けると、沖田は何事もなかったかのように去って行った。山崎もこれ以上は関われないと言わんばかりに姿を消していた。これ以上近藤に頼る訳にもいかず、土方は一人渡されたエプロンとナース服を握り締めたのだ。




***




今にも戦場に赴かんばかりの表情を浮かべている男が一人。万事屋への道を歩いていた。片手にはケーキ、片手には紙袋をぶら下げている。紙袋の中身は言うまでもないだろう。可愛く施されたピンクのフリフリが土方の視界にチラチラ入り込んでくる。それもまた憂鬱だった。


「あ」

「……あ」


万事屋までの道のりはまだある、と思っていたがこれは誤算だった。まさか、銀時とばったり出会ってしまうとは。心の準備がまだ何もできていない土方はそのままフリーズする。一方銀時は、土方が持っているケーキに気付き、全てを悟った。途端に緩む顔が止められない。


「土方、それ何?」

「っあ、え、あ……お前、今日誕生日、だろ」

「うん」

「だから、ケーキ」


そっと銀時にケーキを押し付ける。銀時はもう既にこれだけで狂喜乱舞していた。照れながらケーキを渡してくる土方は、紛れもない自分の恋人で。普段デレのカケラも見せてくれない恋人で。


「うわあああ土方嬉しいよ超ありがとうマジで!銀さん幸せもんだ!!」

「あ、ああ。そりゃよかった」


目の前で喜び叫ぶ銀時を見て土方はホッとする。ケーキだけでここまで喜んでくれたんなら、これはもう用済みかもしれない。紙袋の中身を見ながらそっと背中に隠そうとした。が、銀時はそれを見逃さなかった。


「それ、何」

「……っ!」


ビクリ、あからさまな反応をしてしまった土方。それは銀時の興味を引くには十分すぎる反応で。銀時は容赦なく土方の腕を掴んだ。そして紙袋を取り上げる。


「ばっ、何すんだ!」

「隠す土方が悪いんですぅー。って、何コレ」

「――――っ」


見られた、見られてしまってはもうごまかしはきくまい。銀時は取り出した服と土方を交互に見ている。安心しきっていた土方には突然のことで頭が回らない。それに羞恥心がごちゃまぜになって顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。そんな土方の反応を見て、銀時は控えめな声を出した。


「え?これってもしかして土方が……」

「おおお俺に好きに使って俺を好きにすればいいだろ!!!」

「え」

「あ」


テンパり過ぎて、土方は叫んだ後にふと我に返った。道のど真ん中で、しかも真昼間から何を叫んでいるのだ自分は。ピタッと動きを止めた土方に対し、銀時の鼻からはポタッと赤い液体が滴り落ちた。そのまま唖然とする土方の腕を引いて銀時はダッシュした。

翌日腰を押さえながらあいつ殺すと一言呟き自室に消えて行った土方を見て、山崎は全てを悟る事となったのだ。





(end)


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