八丑/無題

銀八×丑土



「助けて欲しい?」


傷だらけのソイツは無言で首を横に振った。
こんな狭い小屋の中でいつも一人、朝も昼も夜も。時々訪れる生徒は暴力的なのを俺は知っていた。ストレス発散の為にかこの哀れな牛を傷つける。教師達はその矛先が自分に向けられる事のないように見て見ぬふりをする。
だからソイツはいつも傷だらけの体を抱きしめて小屋の端でうずくまっていた。
名前は十四郎といった。誰がつけたのかは知らないが、そういう名前というのを人伝に聞いた。

俺は今日、俺の気まぐれでこいつ、十四郎に手を差し延べた。一見ただの偽善者にも見えるが、やっている行動の意味はあの暴力的な生徒となんら変わりないことに気づく。
俺達とは種族の違う十四郎、人間がいなかったら生きていけない弱くて無力な十四郎。俺のこの手を取るだけでその狭くて寒い小屋から抜け出せる。ただし取らなかったらまたいつもの痛い毎日が十四郎を迎える。こいつの未来を今俺が左右している、そんな事実に優越感を覚えた。きっとあの生徒も、暴力をふるい十四郎を平伏させることで優越感に浸っていたに違いない。
つくづく最低な人間だな、俺って。

十四郎は無言で首を振った。俺の手を取ることをしなかった。十四郎の目には恐怖も何もなかった。ただぼんやりと俺の手を見つめていた。


「いらない」


そう一言呟いて、俺に背を向ける。
いらない、その一言にどれだけの意味が詰まっているのか俺は知らない。その言葉の真意さえも俺はわからない。
何がいらないのか。偽善的な行為?幸せな時間?(俺の手を取ったとしても幸せな時間が待っているとは限らないが)
いくら心の中で尋ねても、それに対する答えは何もなかった。


あの日から俺の日常は静かに崩壊の音を奏で始めていた。十四郎のことが頭から離れなかった。それに、一言呟かれたあの言葉も。

放課後になって、またあの小屋を訪れた。十四郎は俺を一目見て、目を伏せる。


「おい」

「……」

「何がいらねぇんだ」


俺の質問に、なんだそんなことかという顔をした十四郎は、静かに口を開いた。


「未来」

「……」

「その手を取ることで生きながらえる事実なんて、いらない」


知りたかった答え、でもそれはあまりにも重過ぎる答えだった。十四郎は未来など見ていなかった。始めから、死しか。そこで俺は、こいつも生きてるんだと改めて実感した。
と同時に、今度は本気で手を差し延べてみたくなった。気まぐれとかじゃなく、死しか見ていない十四郎の目を、自分に向けてみたくなった。


「…取れよ」


そう言って右手を差し出す。
十四郎の未来は、俺によって左右される。優越感はもう感じなかった。ただ、この哀れな牛を助けてみたくなった。ただそれだけのこと。







―――――
このあと十四郎を自宅に連れ帰って試行錯誤する銀八先生がいる。なかなか心を開いてくれない十四郎に焦る先生。
2011/09/27 01:51
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