胸に残る一番星 | ナノ

  明日への手紙


 いつものように勤め先の外周を掃除していると、ふんわりと甘いにおいがした。それは以前まで毎日かいでいたものなので、すぐに気づいた。ここより西側にあるケーキ屋のにおいだ。
 今となっては少し切ない気持ちになるそれに顔を上げると、男が二人、地図を片手に立ち尽くしていた。一人はダーハルーネの潮風がたなびかせるサラサラの茶髪の青年と、もう一人は正反対に青い髪をツンツンとさせた青年だった。どちらも種類は違うものの端正な顔立ちをしている。
 今度のコンテストに出場する旅人さんかしら、と遠目に見ていたら目が合ってしまった。

「あの、すみません。町長さんの家はどっちでしょうか…」
「…ああ、旦那様の家でしたらこちらです」
「あっそうなんですね! ここ、似たような家が並んでるから迷っちゃって…」

 青年たちが探していたのは何と偶然にも自分の勤め先らしい。確かにこの町は真ん中にある水路を囲うように家が建てられていて、似た形の建物が横並びになっている。自分も住み始めたときはよく迷ったものだ。困ったような顔から一転してホッとした様子の彼に、くすりと笑った。

「…旦那様? ってことはあんた、そこで働いてるのか?」
「え? あ、はい」
「ちょうどいい。ディアナって娘に用があるんだが、今いるか?」

 近くで見ると少し冷たい印象を与える青髪の方の青年から、まさか自分の名前が出てくるとは思わなくて驚いた。いくら彼らの顔立ちがいいとはいえ、全くの見知らぬ男たちが自分を知っているのはすこし怖いものがある。この港町の町長でもある主人ではなく、一介のメイドでしかない自分に用があるなんて、何なんだろう。
 私ですが、と小さく言うと、マジか、と逆に驚かれてしまった。

「奇遇だな…」
「ね、よかった…。あの、あなた宛ての手紙を預かっているんです。お兄さんから」
「兄から…?」

 茶髪の青年から手渡されたそれは、ずっしりとした重さがあった。中を開けばたくさんのお金と、馴染みのある字で書かれた手紙があった。兄さんたら、自分だって慣れない職場で大変でしょうに、私のことばかり。鼻がつんとする。目の前に彼らがいなければ、思わず泣いていたかもしれないが、ぐっと堪えた。

 わざわざケーキ屋からここまで自分の行方を追って手紙を運んでくれた彼らに礼を言い、申し訳ないが少しだけ待ってもらって、書き上げた兄への手紙を渡してくれるようお願いした。茶髪の彼は二つ返事で了承してくれたが、隣の青髪の青年はにこりともせずじっと黙っている。やはりちょっと怖い。もう一つ頼みごとがあるのだけれど、とても言いづらかった。

「あの…カミュ、」
「今から行くんだろ、サマディーの関所だったよな」
「えっ、いいの!?」

 だめって言われるかと思ってた、という彼に、どうせお前のことだからそう言うと思ってた、と返す彼は苦笑いを浮かべていて、どうしてだろう。全く似ても似つかないのに、ふと兄の顔と重ねてしまうところがあった。彼らも実は兄弟なのだろうか。そうは見えないけど、少なくともそれぐらい親しい間柄なのだろうと察せられた。

「船で出たら行きづらくなるしな、今のうちがいいだろ」
「カミュ…ありがと」
「ん、さっさとルーラで行こうぜ」
「あの、ありがとうございます…。お願いします」

 改めて頭を下げる。素敵な瞳をした郵便屋さんは二人、頷いて去っていった。





190301

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