胸に残る一番星 | ナノ

  強さとは


 絢爛豪華な玉座の間は、本来であれば畏れ多くこうべを垂れるような場なのであろうが、カミュは大きくため息をついた。王族の前で失礼なのかもしれないが、これだけ骨を折ったというのに目的は達成できなかったのだから仕方ない。

 サソリの魔物の一件で一皮むけた風の王子が懇願したまではよかったが、王はレースのために虹色の枝を売り払ってしまったという。とんだお笑い草だが、それだけ高く売れたなら価値があるということであり、噂で聞いたことしかないその枝が本物であるという信憑性は増した。

 しかし買い取ったらしい商人を追ってまた次の町へと向かわねばならない。やれやれだ。あんなにあいつも頑張ってたのにな。
 イレブンは落ち込んだ様子はなかったが、さすがに疲れてるんじゃないか。
 
「ああイレブンさん、最後にちょっといいかな」
「…? 何ですか?」

 急がなければならないのはわかっているが、この国から旅立つ前に何かうまそうなもんでも食っていくか、と誘おうとしたカミュよりも先に、王子の方がイレブンを呼び止めてきた。おいおいまだ何かあるのか。

 姉妹は先に行ってるわよ、と言って階段を降りていったが、カミュはイレブンとともにぴたりと足を止めた。

「そんなにかしこまらないでくれよ。キミはボクの恩人、いや友人といってもいいからね」
「は、はあ…」
「…それで、何か?」

 困ったように笑うイレブンの代わりに話を促した。ほんとお調子者だなこの王子は。悪気はないのだろうが、ある意味では今後大物になるかもしれない。ま、オレたちには関係ないが。

「ああそれでね、聞いてみたかったんだが、キミたちはこの国の国宝…だった虹色の枝を求めているようだけど、目的ってなんだい?」
「…え?」

 思ってもみなかった問いをされて虚を突かれる。まさか、イレブンの素性がバレてしまったか、探っているのだろうか。いやこの王子に限ってそんなことはないだろうが。イレブンと目を合わせると、同様に言葉に詰まった様子だった。昨晩のキャンプでシルビアに訊かれたときはセーニャが口を滑らせていたが、やはり軽率に話すものではない。

「(…オレがテキトーに誤魔化すか?)」
「(…ううん)」

 返答に時間をかければ怪しまれるだろうと思い耳打ちすると、イレブンは軽く息を吸い込んで、それから王子と向き合った。

「えっと、…僕たちには行かなければならないところがあって…でもその行き方はわからなくて、そのためにその枝が手がかりになりそうなんです」

 真面目なイレブンは嘘をつくことも上手く躱すことも出来なくて、その結果何とも曖昧な返答となった。王子は「なるほど」と言って納得したのかしてないのか、何やら考え込んでいる。

「…それで?」
 とっとと話を打ち切らせたくて、カミュは再度話を促した。王族だからといってイレブンのように遠慮してはいられない。

「いや…どうしてキミたちはあんなに強いのだろうとふしぎでね。シルビアさんも仲間かい?」
「…あのおっさんは勝手についてきただけだ」

 面白そうじゃない、とまるでこれからショーに出るかのような軽やかさだった。充分戦力にはなったし助かったといえばそうだが、仲間ではない。

「そうか…。シルビアさんも強かったが…キミたちもそうだ。あのサソリ…砂漠の殺し屋には、我が国の優秀な騎士ですら歯が立たなくて何年も悩まされていたんだ。それをキミたちはあっさりと倒したのだから、すごいことだよ」
「そんな…」
「だからその強さの秘密を知りたいと思ったんだ」

 ボクも、これから強くならなければならないから。

 堂々と、そういった王子にカミュは息を呑む。この王子にはさんざん情けない姿を見せられてきたものだが、今の彼には若木のようなしなやかさがあった。
 人はこんなにも急に変われるものか。
 そういえば、きっかけがあれば化けるかもとシルビアが言っていた気がするが、この過保護に育てられた甘ちゃんな王子が内包しているものを、あのおっさんは見抜いていたのだろうか。
 アンタ、変わったな、とカミュはそう言おうとして、

「というか、イレブンさんさえよかったらこの国の騎士にならないかい? ボクの側近でも構わないよ」
「……」

 止めた。はあ? と口にしなかったことを褒められたい。前言撤回、根っこは変わってないというか、あれだけ人を振り回しておいえよくもまあいけしゃあしゃあと言えるものである。一周回って感心までする。

「おお、それはいいな。この旅の者のならばわしらも賛成するぞ」
 後ろで話を聞いていたらしい王様まで乗ってきた。

「本当ですか父上! …ということだが、どうかな」

 おいおい本当にこの子にして親ありだな!
 イレブンだってさすがに呆れてるのではないかと隣を見ると、何か、言いあぐねている様子だった。こういうときのイレブンは、自分の中にあるものをどうことばにするか、必死に考えている。何度も見てきた顔だ。あの王子にそんな真面目になる必要はないぞ。でも、お前らしい。
 やがて意を決したようにイレブンの口が開かれる。

「…ファーリス王子」
「うん?」
「僕は、…やらないといけないことがあります。それが何なのかはまだわからないけれど…いま旅を終えるわけには、いきません」
「…」

 もし承諾して騎士になるとか言い出したらどうしやう、などとカミュはちっとも思っちゃいなかったから、心配はしていない。ただ、こんな風にハッキリと物申すとは。

「…僕だってまだまだ弱いけど、旅を続けようって思えるのは、仲間がいるからです」

 急にこちらを振り向かれ、目が合わさってどきりとした。その仲間≠ノは自分も含まれているのだということが否が応でもわかり、むず痒くなる。ああまったく、言うようになったな勇者さま。

「…そうか…それが強さの理由……よし、なら勝負だなイレブンさん!」
「…え、ええっ!?」
「どちらが先に強くなれるか競おうじゃないか、友人として!」
「…おいおい、それの判定基準って何だよ」

 戸惑うイレブンに変わって突っ込みを入れた。何をいきなり素っ頓狂なことをまた言い出すんだこの王子は。

「そうだな、馬のレースとか…? それならわかりやすいだろう」
「えええ……」
「…オレはイレブンが勝つに虹色の枝を賭けるね」
「むっ! ひどいなキミは!」

 本当は賭けるまでもない明白の勝負だ。というかそれって強さ云々の競いではないんじゃないか。カミュはもう突っ込み疲れてしまったが、イレブンは徐々におかしそうに笑い出した。

「いいですよ、僕でよければ」
「ハンデ付きとかにしてやれ、イレブン」
「ハンデなんていらないよ! たしかに今は馬に乗ることもままならないけど…いつかはイレブンさんやシルビアさんのように乗りこなしてやるさ」

 それじゃあお互い頑張ろう、と二人は握手を交わして話は終わった。何かあってもなくてもいつでもこの国に訪れてほしい、という王子は、少し寂しそうに見えた。
 
 
 城の門番によると姉妹は宿屋へ行ったようだ。道すがらにつまめるものを買って食べながら歩く。串に刺さった分厚い肉はシンプルに美味かった。砂漠の国だというに物資は豊かで、食べ物はおいしく、活気に溢れたサマディーともお別れである。この暑さにも慣れてきたところで、おさらばだ。

「…友達ができてよかったな」
「ファーリス王子のこと? 友達…っていうのかな。歳は同じだけど…」
「本人がそう言ってたからいいだろ」
「…うん。あ、でも僕の一番の男友達はカミュだからね!!」
「…何だそりゃ」

 慌てて弁明するように主張するイレブンがおかしい。友達じゃなくて相棒だと前に言ったのに、でもまあ、いいか。

 通りを歩いているだけであちらこちらから王子の噂話が耳に入ってきて、実態がバレた後でも国民はなお慕っているようだ。やっぱり治めるものが呑気なら、民もそうなるのだろうか。良くも悪くも。

「…王子に負けてられないなあ」
 ポツリと呟かれた。最初はあんなにヘボだったが変わってみせた王子に、イレブンなりに思うところや重ねるものがあったんだろうか。

「…お前も充分頑張ってるさ」
「…そう、かな」
「ああ。さっき自分は弱いなんて謙遜してたが…強くなったろ、実際」

 殺し屋などと物騒な呼び名がつけられているサソリの魔物に、さして怯えることもなく戦いに行けたのは、自分たちなら倒せると信じているからだ。カミュだけでなく、ベロニカだってセーニャだってそうだろう。強引についてきた約一名のおっさんは知らないが。

「ほんと!?」
「おう」
「…そっか…えへへ、ありがとう。カミュに言われるのが一番嬉しいや」
「…そりゃ、よかった」

 話しているうちに宿屋へと着いた。さてあの姉妹も一緒にまた旅立つ準備をしようか。
 
 
 強さとは何だろう、とこの国に来てから幾度となくカミュは考えている。
 騎士道精神など持ち合わせちゃいないし、性に合わない。しかし本当は、あのように隠し続けた者らに己の弱さを晒し出せた王子のことをすごいやつだと心の底では思っているのだ。
 着々と力を身につけていきながらも、決して奢ることもなく努力しようとしているイレブンはもちろんのこと。
 自分は、どうだろう。勇者の、イレブンのためになれているか。襲い来る魔物をただ倒せればいいというものではないだろう。
 強さとは。自分に出来ることとは。

「どんな逆境でも正々堂々と立ち向かう…か…」
「? どうしたの、カミュ」
「いや、…何でもない」

 カミュは考え続けている。





190207

Clap

←Prev NEXT→
top


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -