胸に残る一番星 | ナノ

  ▼こんらん している!


 す、っと風が切られる音がした。一瞬何が起こったのか理解が出来ず、固まる。相手が追撃の姿勢に入り、再度短剣を向け自分に斬りかかってこようとも、体は一切動けなかった。――淀んだ目で、自分に攻撃してくる相棒を、カミュを、イレブンはまるで現実として見られなかった。

「イレブンさま!」
 しかしその声と共に巻き起こった風がカミュに当たり、距離が近かったイレブンも突風に押されるように尻もちをつくことになった。

「イレブン! あんたはちょっと下がってなさい!」
「そうね、ここはアタシたちに任せてイレブンちゃん!」

 すぐに体勢を立て直したカミュに、ベロニカとセーニャがメラとバギを合わせた熱風で威嚇する。怯んだその隙を見逃さずにシルビアがツッコミを入れた。ふらり、ぐらついて、それから、

「…あれ? オレ、何してたんだ…?」
「カミュちゃん! 良かった、治ったわね!」

 何とか正気に戻ったらしいカミュの元に、三人が集まる。状況が把握出来ていない様子のカミュに、ベロニカは大きなため息をつきながら説明した。

「あのサソリ、いきなり背中を見せてきたと思ったら、アンタが混乱し出したのよ。で、あたしたちを攻撃してきたってわけ」
「恐らく、あの背中の紋様にはメダパニのような効果があったのかもしれません」
「サソリちゃんはその直後に倒れたけれど…もしかしたら悪あがきだったのかもねえ」

 ちらりとシルビアが見た先にいるサソリの魔物―デスコピオンは、この地形を生かした攻撃を繰り返し、堅い甲羅で身を守り、さすが何人ものサマディー兵も敵わなかったというだけの強さがあったが、今はすっかりのびている。
 話を聞いたカミュは顔を青ざめ、頭を下げた。

「……マジか……すまねえ! 悪かった、みんな…!」
「私こそすみません、カミュさま…」

 大怪我にはならないように威力は弱めたらしいが、やはり仲間に対して攻撃魔法を仕掛けることは、セーニャは心苦しかったようだ。ホイミをかけながらしゅんとする妹の腰をベロニカは軽く叩く。

「セーニャが謝る必要はないわよ、こいつが悪いんだから」
「うっ…そうだな、ごめんなセーニャ」
「いいえ、私は大丈夫です…。それより、イレブンさまが…」
「イレブンが?」
「あっそうよ! イレブンちゃん!」

 一同はくるりと振り返って、今度は未だ呆けた様子のイレブンの元へと駆け寄り、その顔を見たシルビアがまあ! と声を上げる。

「イレブンちゃん、顔から血が出てるわ!」
「何だって!? まさか、オレが…」
「…そんな大きな傷でもないわね。セーニャ、イレブンにもホイミお願い」
「はいっ!」

 イレブンのそばで膝をついて、セーニャが回復魔法を唱える。頬を一直線に切られた傷がみるみる癒えていき、一同はホッとした。

「大した傷でなくて良かったですわ…」
「本当にねえ…。イレブンちゃん、大丈夫?」
「……あ、う、うん……」

 そこでやっと我に返ったイレブンは、心配げなシルビアに大丈夫であることを告げ、回復してくれたセーニャに礼を言い、苦い顔をしているカミュの目を見た。

「……悪い、イレブン……」

 本当に申し訳なさそうに目を伏せる相棒は、らしくはないものの、それでもいつものカミュだ。と思ったらイレブンは考えるよりも先に行動に出た。勢いよく立ち上がる。

「うおっ!?」
「……ッカミュ……よかった……」

 ぎゅうぎゅうに抱きしめながら、その肩に顔を埋める。ようやく感情が追いついてきて、少し涙目になってしまった。ひたすらよかった、と震えた声を出すイレブンに応えるように、カミュも何度もごめんな、と謝りながらその背中を撫でた。

「まったく、二人揃って世話が焼けるんだから!」
「まあまあベロニカちゃん、無事に終わったんだから」
「そうですわ、お姉さま」
「そうだけど……でも一つ言わせて、イレブン」
「え?」

 おさまりきれない様子のベロニカにビシッと指を刺されて、イレブンは思わずびくっとしてしまった。

「驚いたのはわかるけど、いくらなんでもあそこまで動けなかったのは困るわよ」
「うっ……ごめん、ベロニカ、みんな……」
「お前が謝ることはないさ、オレが悪かったんだから」
「まあ一番はカミュだけど、イレブンだって大概よ! あんたも混乱しちゃったのかと思ったんだから!」

 ふん、と顔を背けるベロニカの口調は強いが、つまりは心配かけさせたようだった。カミュから離れ、本当にごめんね、と一人一人の顔を見ながらイレブンも平謝りする。セーニャはゆるく微笑み、シルビアはぱちんとウインクした。

「それだけショックだったのよね? イレブンちゃんにとって、カミュちゃんに攻撃されたことは」
「…うん」
「むりもありませんわ、イレブンさま。私だってお姉さまに同じことをされたら、きっと動けなくなりますから」
「…はあ、まったく仕方ないわね」

 今度から気をつけなさい、というベロニカの言葉でこの件は締めくくられた。


 それから鎖で縛られたデスコピオンをファーリス王子らが城まで運んでいくのを見送り、シルビアと姉妹が別れを惜しんでいる。この旅芸人とはまたどこかで会う予感がするので、ふしぎと寂しい気持ちは少なかった。それよりも、

「…カミュ?」
 皆より少し離れた場所でカミュが何やら考え込んでいる様子で、イレブンはどうしたの、と近寄った。

「…いや…」
「もしかして、まだ気にしてる? ならいいんだよ、誰も怒ってないよ。…ベロニカはちょっとあれだけど」
「…気にしてる、つーか、それもだが…オレも、気になった。さっきベロニカが言ってたこと」
「? 何が?」

 カミュはそっと手を伸ばし、イレブンの左頬、先ほど傷があったところをなぞる。痛みは全然なく、ただくすぐったかった。

「何で混乱したオレにすぐ応戦しなかったんだ? …まあ、今までこんなことなかったから驚いたんだろうが、お前なら対処出来ただろ?」

 ……この人は、先ほどのシルビアの言葉を聞いてなかったんだろうか。自分の気持ちを代弁してくれたようにイレブンは思っていたが、カミュには伝わってなかったらしい。

「…出来なかったよ、応戦なんて」
「だから、何でだよ。もし次…はないように気をつけるが、もし同じことがあったら遠慮なくぶっ放してくれないとオレも困るぜ」
「どうかな…やっぱり次も固まって動けないかも」
「…あのなあイレブン」

 呆れたように見つめられても、仕方ない。
 この地方に住んでいる者は誰もが恐れをなすあの魔物だって、皆とならば恐れず立ち向かえた。しかしあのときカミュに刃を向けられたことは動けなくなってしまうほどショックであったし、それ以上にイレブンには信じられなかった。逆に言えば、信じているのだ。この相棒が、自分を傷つけることなど決してないのだと。そう伝えると、カミュは少し目を見開いて、それから気まずそうに頭をかいた。

「…そうだよ、オレがお前の敵になるわけがない」
「でしょう?」
「…でもな、それとこれとは話は別だ。 理性が吹っ飛んで暴走することも、あるかもしれねえ」

 そのときはちゃんとお前が止めてくれよな、相棒。

 そんなことを言われたら頷かないわけにはいかなかった。これから先ももっと手ごわい敵と戦わねばならないのだろう。またこのようなことがあるかもしれない。背負う大剣を向けることはきっと出来ないけど、それでもそのときは…止めてみせよう。

「はあ…それにしても、あんなのにやられるとか情けねえな…」
「そ、そんなことないよ!」
「そうそう、そんなことないわよ〜」
「「えっ?」」

 突然話に入ってきたその人に二人で振り向く。いつの間にかシルビアが微笑みをたたえてこちらへと寄ってきていた。

「バタバタして忘れちゃったかもしれないけど、戦っている最中にイレブンちゃんとカミュちゃんがれんけい技を仕掛けていたじゃない? あれがとどめの一撃になってサソリちゃんは倒れたんだから」
「え、そうだったの…?」
「マジか…」

 確かに二人で編み出したれんけい技―ギラとジバリアを混ぜた火炎陣は、なかなか効いていたようだけど、まさかとどめを刺していたとは。というか今さらながらイレブンの記憶にデスコピオンが倒れたときのものがない、ということはそのときちょうどカミュからの攻撃で呆けてしまっていたのかもしれない。自分の方がよっぽど情けない、と今度はイレブンの方が落ち込んできた、が。

「それに二人とも、太刀筋は少し荒いけれどイイ線いっているし、何より魔物ちゃんに立ち向かっていける勇気がある。きっと鍛えたらもっと強くなれるでしょうね」

 続けられた言葉に顔を上げる。そんなことを言われるとは思ってもみなかった。いかにも楽しげな様子のシルビアは、まるで何もかも見透かしているような目つきをしていて、ドキリとする。

「あの王子のおぼっちゃんも、変われるといいんだけれどね」
「…おっさん、あんた何者なんだ」
「あらやだ、アタシはただの旅芸人よ」

 それじゃあまたどこかで会いましょう、と言って優雅に去っていく背中を見送った。イレブンは神妙な顔をしているカミュと目を合わせる。

「何なんだろうな、あのおっさん…」
「う――ん…でも、悪い人ではないと、思う」

 昨日シルビアと交わした会話を思い出す。みんなを笑顔にしたい、という言葉は冗談にも嘘にも聞こえず、己の仕事に自信を持っている格好いい人だとイレブンは思ったのだ。ただの旅芸人、で済ませられない強さも持っていることは、この短い道中で思い知らされたけれど。

 二人で悩ませていると、ベロニカたちが駆け寄ってきて声をかけられた。

「ねえイレブン、疲れちゃったしそろそろルーラで戻りましょ!」
「あ、うん! …とりあえず、もどろっか」
「気にはなるが、そうだな…」

 とにかく今の目的は虹色の枝の入手である。今度こそ何事もなくもらうことが出来たらいいのだが。そう願いながらイレブンは皆を携えてルーラを唱えた。




180519
190211(リメイク)

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