胸に残る一番星 | ナノ

  重ねるもの


 ここはホムスビ山地、というらしい。地図で確認すると、デルカコスタ地方から南東の地であり、あのほこらからそんなに遠くに飛ばされたわけではないようだった。周囲で唯一の人里のホムラはさほど大きくはないが、余所者に厳しい目を向けることなく歓迎してくれた。悪魔の子の噂はここまでは届いていないのか、勇者の話やデルカダールでの騒動の話が耳に入ることは今のところはない。とはいえ依然追われている身なので、油断は出来ない。

(…ってのに、何でこんなことになったんだか…)

 ホムラより西にある地下迷宮とやらへ向かう最中、こんなこと≠ノなった原因たる少女は、自分たちの前をずんずんと歩いている。敵意も悪意も感じ取れないが、その口から出るのはかわいげのないものばかりで、どうにもいけ好かない。なのに勇者さまときたら、戦闘でダメージを食らった彼女にホイミをしている。

「大丈夫? ベロニカ」
「……同じホイミでも違うものね」
「え?」
「何でもないわ。ありがとね」

 自分は最強の魔法使いなのだと彼女―ベロニカは、ホムラの酒場でそう主張した。しかし持っている大きな杖は魔法を放つことなく、思い切り魔物の頭に振り落し攻撃しているのだ。少しも怯えた様子を見せない勇気は買ってもいいかもしれないが、戦えないならホムラで待っていればいいものの、とカミュは思わずにはいられない。

「なあ、イレブン」
 歩きながらイレブンの肩に腕を回して、こっそりと耳打ちする。

「あいつ、あんなんで連れてって大丈夫か? 魔物のアジトに向かってるってのに、先が思いやられるぜ」
「うーんそうだね……もし、何かあっても僕たちで守ろうよ」
「…まあ、お前がいいならいいけどさ…」

 カミュは彼女を警戒している、というよりは気にかかる。どうもベロニカはイレブンのことを知っている風の言動を見せてくるのだ。蒸し風呂に行く前にイレブンが出会ったときもそんな感じだったらしいが、イレブン自身に心当たりはないという。問い質そうとしても、まずはセーニャ―彼女の妹を助けてからね、とかわされる。聖地ラムダという地も聞いたことはあるような気がするが思い出せないし、こんな荒野では調べる術もない。彼女は何者なのだろう。

 それにしてもこれまで散々な目に合いながらイレブンはちっともスレた様子がない。つい今朝方まで寝込んでいたのだから、ゆっくりしているヒマはないが今日一日くらいはあの里でのんびりするか、とカミュは考えていたのに。ほんとにこいつはお人好しだなあと思っていたら、イレブンが少しだけ俯いた。

「…どうした」
「…ベロニカを見てると、ちょっとだけ思い出すんだ、エマのこと」

 性格とかは全然似てないんだけど、金髪だからかな。…最後に見たのが、過去の、子どものときの姿だったからかなあ。

「…イレブン…」
「妹さんが、家族が心配って気持ちはわかるから、僕、助けになりたいんだ」

 幼馴染からもらったらしいお守りを握りしめながらイレブンは言う。まっすぐな言葉とは裏腹に寂しそうなその笑みに、胸を掴まれた。…ああ、お前も重ねてたんだな。

「…わかった。ならオレも付き合うぜ」
「…へへ、ありがと、カミュ」
「ちょっとアンタたち! ちんたら歩いてないでもっと急ぎなさいよ」
「あ、ご、ごめん! 行こ、カミュ!」
「おう」

 前を行くベロニカに小走りで追い付いて、イレブンは謝っている。さきほど見せた影などなかったかのように。カミュは何ともいえない気持ちで、ただ二人の後ろを歩いた。
 

 火山によって熱せられた土地、そこかしこに温泉が湧いていて、蒸し風呂に入らずとも汗は噴き出てくる。故郷とは似ても似つかないこの地で、故郷に置き去りにしたままの心をふいに感じ取る。はねっかえりが強いあの少女に、妹という存在に、オレも思い出すやつがいるんだと話せないカミュは、ベロニカのことは言えねえな、と自嘲した。




190114

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