胸に残る一番星 | ナノ

  ぐずつき模様


 教会から出ると、切り立った崖と大きな滝が目に入り、思わず立ち止まってしまった。

「どうした」
「…ああ、えっと」

 先を行こうとしていた男が「ゆっくりしてるヒマはないぞ」と言ってくる。それはわかっている。あのおそろしい顔をした将軍が自分の故郷に向かっている、とシスターから聞いて、イレブンは一気に心臓が冷えた心地となった。兵士らに追われているときよりも、よほど。村のみんなは、無事だろうか。逃げ出すことに必死でそこまで頭が回っていなかったが、自分が脱獄したことでもしもみんなに危険が及んでいたら。安否を早く確かめたい。そのためにも、協力してくれることとなったこの彼の用事≠ニやらを早く済ませたいところだ、……けれど。

「……何か……僕たち、あんなところから飛び降りたんだね……」

 崖の表面に、一部出っ張った部分があり、恐らく地下牢から逃げてきた自分たちが追い詰められた場所だ。飛び降りたところでもある。そしてそこはこうして地面から眺めると、遥か上にあるように感じた。あのときはとにかく無我夢中だったが、それにしてもよくやったな……と気が遠くなってしまった。

「…そうだな。よく無事でいられたもんだぜ」
「うん…ていうか、君ほんとに無事なの? どこか怪我したりしてない…?」
「全然。どこもかしこもピンピンしてやがる。…勇者の奇跡、だな」
「……」

 肩を竦めながら恐れ入った、と彼は笑う。自分同様に怪我がないのなら何よりだが、再び口に出されたことばには、何と返していいものかわからなかった。奇跡とは何だろう。勇者というものが何だかまずわかっていないのに、奇跡など起こせるものだろうか。彼だって、預言を受けたというだけで勇者について詳しくは知らないようなのに。それでも信じると言ってくれた。だから僕もあのとき意を決し、共に走った。そうしていま僕たちは、両の足で地面に立っている。…いまは、それでいいのかもしれない。とにかく、村へ戻ることを考えよう。それから、

「…なあイレブン、大丈夫か? もしかして具合悪いのか?」
「わっ! …だ、大丈夫だよ」
「…なら、行こうぜ。村のことは気になるだろうけどよ…今は先に急ごう」
「う、うん…でも、あの、あのね…」
「…何だ、どうしたんだ」

 心配そうに顔を覗き込んでくる彼の名前を、せっかく教えてもらったのにまだ呼んでいない。教会で目を覚ましたときからずっとタイミングを逃し続けていた。いざ呼ぼうとすると妙に気恥ずかしい気持ちになる。それでも伝えたいことがイレブンにはあった。

「カ、カミュ! …その、助けてくれて、本当にありがとう…」

 ああ少し声が上擦ってしまった。事情も知らずに休息場所を提供してくれたシスターや、何やら世話になったらしい男の人へお礼を告げたときのように、彼にもきちんと感謝を伝えたかったのに。勇者の奇跡よりも先に、何度も自分を助け、引っ張ってくれた君に。

「……」
「……カミュ?」
「…ああ、いや…」

 俯いていたら一向に反応がなくて、今度はイレブンの方がどうしたのかと聞くことになった。カミュは深くフードを被りなおし、手の甲で口元を覆っているため表情はうかがえない。

「…イレブン、あのな………いや、何でもない。……行こうぜ」

 そう言ってカミュは歩き始めた。…何か気に触るようなことでもしただろうかと少し不安になったが、その背中をついていくしかない。地下水路と同じように、今は。



180725

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