Tomorrow is another day
「オレさ、いつまで経っても明日≠ェ来なかったんだよな、あの日から」
隣に座る彼はこちらに顔を向けないまま、いつものように淡々と語り始めた。あの日、というのは彼の妹が呪いにかかったときのことだろうか。大樹の根によりその記憶を盗み見てしまったので知ってはいるものの、直接彼から過去のことを聞くのは初めてのことだった。
「…マヤがああなっちまって、自分だけが生き残った意味もわからねえのに、嫌でも腹は減るし、時間は進むんだよな」
嫌でも腹は減る、と彼がいうのは聞き覚えがある。二人旅が始まっていちばんさいしょ。焼き払われた故郷を見た夜のことだったか。だからとにかく今は食べろと差し出されたスープのあたたかさを、今だって覚えている。すべてを失ってしまった、と泣きじゃくることしか出来なかったあのときの自分を、彼はどういう気持ちで見ていたのだろう。
「でも現実の太陽が沈んで昇ったって、オレにとっての明日≠ヘ来なかった。どうしたってマヤは戻ってこないんだから、オレが死ぬまでこのままなんだろうなって思ってた。…お前に出会うまでは」
おもむろにマリンブルーに見つめられる。夜明けを知らなかったなどにわかには信じられないほど澄んだ瞳だ。未熟な勇者たる自分を、いつでも支え奮い立たせてくれたそれだ。
「お前と出会って、あいつらとも一緒に旅するなかで、少しずつ時間が進み始めた。…それからマヤを取り戻せて、ようやく、ようやくオレにも明日≠ェやって来たんだ」
お前のおかげだ、と彼は何度でも言う。魔王の手により魔に堕ちた彼の妹を救い出したのも、それまでの辛苦の日々を必死に生き抜いたのも、他でもない彼自身のチカラなのに。やっと掴むことが出来たそれを、自分はなかったことにさせようとしているのに。もしや彼は、他の仲間たちと同様に自分を止めようとしているのだろうか。そのために、この話をしているのだろうか。
何と返したらいいのかわからずに立ち尽くしていると、
「だからさ、」
彼の視線は再び前へ――忘却の塔へと向けられる。
「お前にも、明日≠ヘ来るよ」
世界中の時が集まっているかのようで、しかし時が止まっているかのようにも感じられるあの塔を、静かに見据えながら彼はそう言った。
「戻るんじゃない、進むんだ。進めるんだ。そうしてオレは、オレたちは、お前と一緒に明日≠迎えるんだ」
その声は確かに届いても、彼の顔はぼやけて見えない。ちゃんと見たいのに、今この瞬間の、二度と戻ってはこない彼の姿をきちんと目に焼き付けたいのに、溢れる雫が邪魔をする。
「なあ、これは祈りでも願いでもないんだぜ。わかるだろ?」
「…………うん」
君は、僕の相棒は、そういうひとだったね。
弱々しく頷くだけで、精一杯だった。
180625
Clap
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