胸に残る一番星 | ナノ

  バースデーソング


「19歳になって、改めて思ったことがあるんだけど」


 ――イシの大滝。勢いよく流れ落ちる滝は、村にあるものと変わらないようで、ここから見えるそれはどこか特別に美しく、幻想的に感じる。周りに生い茂る木々や小さな草花が彩っているせいか、澄んだ川のせせらぎが心地いいからか、――あるいは十数年前に勇者が運ばれてきた場所だから、神聖さを帯びているのか。

 イシの村に移り住んでからは、散歩や魚釣りでよく訪れる場所だが、落ち着くような、身が引き締まるような、不思議なところである。
 川辺に座って冷たい水に足をつけ、他愛無い話をしたり、ペルラの手作りパンを食べたり、ぼうっと釣りをしながら大滝を眺めていた、そんなとき。
 視線は目の前のサオに固定ながら、イレブンが言う。

「……おう? 何だ」
「カミュってやっぱりすごかったんだなあって」

 それはまた、どういう。いくら釣れなくなってきてヒマを持て余してるからとはいえ、話の脈絡がない。まあカミュも、そろそろ動かなくなったサオに眠気を感じていたところなので、乗ることにする。相棒がする話に乗らなかったことがあるかと言われたら、ないけれど。

「何がだよ」
「だって、いま僕がいきなり16歳の勇者を導けって言われても、出来るような気がしないし……」

 昨日に1つ、出会った頃よりは3つ歳をとった勇者さまが、だからカミュはすごいんだよ、と繰り返した。ほんとに急に褒められて、面食らう。つい先程までは、釣った魚をどう調理して食べようか、昨夜が豪勢だったから控えめにするか、とかそんな相談してたのに。今夜の夕食の献立から、どうして3年前に意識を飛ばしてるんだ、お前は。めでたく誕生日を迎えた昨日なら、まだしも。

 ここにいると、いろいろ思い出してしまうのだろうか。丸みがなくなり大人びてきた横顔を見ながら、思う。

「……オレだって、16のときに世界を救えって突然しめいされても、むりだったと思うぜ」

 16さい、まだいっぱしの盗賊だったころ、デクともまだ出会う前。自分ひとり生きて、その理由も見つけられないまま生き延びるだけで、精一杯だったのだから、とても世界なんて漠然としたものを考えられなかっただろう。例えばイレブンのような環境で育ったとしても、素直に受け入れて立ち向かえるかどうか。

「僕も、初めはどうしたらいいのかわからなかったよ。でも君や、……ベロニカたちがいてくれたから、戦えたんだ」
「……その言葉、そっくりそのまま返すぜ」


 カミュは今でも覚えてる。まだふたり旅が始まったばかりのとき。ここの三角岩の下に手紙が埋まっているらしいと聞き、手伝おうとしたら一人でやるから、と断られたこと。その手紙を後ろから覗き見たこと。読み終えたあとに、言葉をかけられず、ただそっと触れた肩が震えていたこと。それからしばらく呆然としながらも、何とか立ち上がったイレブンのすがたを。弱弱しくも、決して消えない煌めきを、覚えている。

 遠く離れたユグノアからここに流れ着いた、まだ赤ん坊だった勇者を、どんな気持ちでテオは拾い上げたのだろう。
 イレブンの話の中でしか知らないその人は、もしかしたらカミュのように預言を受けたのだろうか。それともどんな運命が待ち受けているのかわからずとも、手を伸ばしたのならば。カミュにはその気持ちが、何となくわかるような気がするのだ。
 会って聞いてみたかったな、なんて。実の両親に対しても思ったことないのに、おかしなものだけど。


 しかし思えば自分もイレブン自身すら、最初のころは勇者というものが何なのかろくにわからないまま、よく走ってこれたものだ。いや、そうだよな、どう考えてもお前のほうがすごいだろ。今更な話だが。

「……むう」
「なんだよ」
「できれば返さないで、受け取ってほしいんだけど……」
「オレがすごいやつなんだって?」
「うん」
「そいつは難しいなあ……」

 勇者の相棒は自負しているが、自分自身がすごいかというと、あまりそうは思っていない。なんせ勇者さまを筆頭に、仲間たちが本当にすごいやつらばかりだったのだ。強力な魔法が使える双子姉妹に、世界的スーパースターの旅芸人。大国の王女と将軍に、亡国の先王兼勇者の祖父。肩書きだけではなく、実力も備わっていて、勇者を信頼し、信頼されている仲間たち。

 まったくそんな中、よく兄貴みたいな一般人が加わったもんだな、とマヤにはよくからかわれたが、カミュ自身もそう思う。世界を共に救ってから、数年経った今でさえも。

 イレブンは、揺れない釣り竿からやっと目線をずらして、ゆっくりとこちらを見つめてきた。
 
「じゃあ受け取らなくてもいいけど、僕がずっとそう思ってるってことは、知っててほしいな」
「それは、……知ってるさ」
「ほんと?」
「ああ」
「そっか」

 カミュがいてくれてよかったと、何度も何度も伝えられてきた。今みたいに、懸命に、まっすぐに。だからこそだ。誰の生まれ変わりでもなければ、世界の運命を変えるほどのチカラも、自分にはない。そんなものはなくとも、ただあいつらと一緒に、この勇者さまの、相棒のチカラとなりたかった。そう思ってやってこれたのは、イレブンがイレブンだったからこそだ。

 最初にこいつと行こうと思ったのは本能にも似た判断で。のちにこいつと共にいきたい、と願ったのはカミュの選択であり、強い意志だった。例え自分たちの間で、決して共有できないものがあったとしても。

 そうして必死にこのロトゼタシアを海の底から空の果てまで駆け抜けてきて、ふと気づけばいま、この大滝の前でイレブンとふたり、こんな話をしている。

 何だか以前にもしたような気がするし、この先も、ロウのように歳を取った頃でも、同じようなやり取りをしているかもしれない。変わらずに、のんびりと釣りをしながら。


 君たちがいてくれたからだよ。ねえ、伝わってるかな。
 お前がお前だったからだよ。ああ、何度でも伝えたいな。これからも、こうやってお前のとなりで。



「ねえカミュ」
「ん?」
「余分に釣ったやつ、アラーニさんのとこ持っていこ。何か久々に会いたくなったから」
「ああ、あのおっさん、まだあそこに住んでるのか?」
「たぶん」
「んじゃぼちぼち引き上げて、行くとするかあ」
「うん!」





11、3周年&11S、1周年おめでとう!
200927

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