胸に残る一番星 | ナノ

  あなたを見守る


 カミュがケラケラと笑っている。酒場のカウンターでそんなに愉快そうだと、いわゆる笑い上戸だと思われるかもしれないが、彼はまだ一口も飲んでいない。ひーひー言っている原因はお酒でなく、彼の隣に座る自分なのである。まことに不本意ながら。



 帰り道、時間が余ったからちっと飲むか? という相棒の誘いを、断るはずもなく頷いた。成人したてのイレブンはまだ数えられるほどしかお酒を飲んだことがない故に、どんなものが美味しいのかいろいろ試してみたい年頃だ。もちろん勇者としての旅の最中、軽率に羽目を外すわけにはいかないが、そこらへんはカミュが上手いこと息抜きさせてくれていた。

 例えば今日は久々に設けた休日ということでのんびり過ごす予定だったが、町人から頼まれごとを受けて気づけば日が暮れかけていた。そんなときに軽い調子で誘ってくれるのだ、この相棒は。


 空は暗くなりかけだが、まだ夕飯時には早いのか、適当に入った酒場はそこそこ空いていた。カウンターに座って、カミュが広げたメニューを隣から覗きこむ。どれがどういう種類のものなのか、商品名だけを見てもちっともわからない。呪文みたいだ。

「お、この店はカクテルが多いな。お前でも飲みやすそうだ」
「そうなの? 弱いやつ?」
「モノにもよるけどな。とりあえず適当に頼んどくか。なあ、これ二つくれ。つまみにチーズも」
「かしこまりました」

 イレブンと違ってカミュの方は強い度数のものも飲めるらしい、というのに実際飲んでいるところは見たことがない。いつもイレブンに合わせて同じものを頼んでいる。好きなもの飲んでいいのに、といくら言ってもオレはいいんだよ、と聞いてくれない。こういうとき、君は僕の保護者じゃないのに、と少しさびしくなる。それでもカミュの気遣いに大いに甘えているところもあるイレブンは、何も言えなかった。

「お腹へってきちゃったなあ」
「いま食ったら夕飯が入らなくなるだろ。我慢しな」
「は〜い……」

 日中は別行動だが、夜は「おいしいお店を知っているから一緒に食べましょう〜!」と、シルビアから誘いを受けているのだ。それも楽しみだけれど、店内に漂う脂っこいにおいに若い体は反応してしまう。カミュが笑って、先に出されたチーズだけでも食っとけというので、遠慮なく頬張った。つまみで頼んだ意味がないが仕方ない。

 間もなくカクテルの方も差し出された。名前だけでは想像もできなかったそれは、きれいな青い色をしている。一見は冷たそうで涼やかで、まるでカミュみたい。

「それじゃあ、いただきます」
「おう、……っておいおい相棒、ちゃんとライムは絞ったか?」

 言われてイレブンが首を傾げれば、これだよこれ、とグラスのふちに飾られた緑色の果実を カミュが指さす。これってただの飾りじゃなかったのか。

「こいつを絞って完成なんだよ」
「わ、わかった」

 言われるがままに、半月型に切られたライムとやらを取る。かすかに酸っぱいにおいがするから、レモンみたいなものなのかな。どんな味がするのだろう、とわくわくしながらイレブンはそれを絞ろうとした――のだが。

「うわっ!?」
「えっ!?」

 ブシュッ、と音を立てて、グラスの中はおろか、周りにまで勢いよく飛び散った。右の手のひらと袖、それからカウンターがライムの果汁によって汚れてしまったが、拭くこともせずに、呆然とした。

 え? いま何が起こったの?

「……くっ、ふは、ははは! おまえ、力こめすぎだろ!」

 ぽかんとしているイレブンをよそに、同じく呆けていたはずのカミュが状況を把握して、 思いっきり笑い出す。そんなことを言われても、普通に、イレブンとしてはあくまでも普通の力で絞ったのだ。しかしライムが注がれるはずだったカクテルの表面は、揺れることなく澄んだまま。そして隣の相棒の肩は、震えたまま。

「も、もう! そんな笑わないでよ、かみゅ……」
「……あー、わりいわりい」

 カミュがこんな風に笑うことはけっこうに貴重なことで、年相応どころか幼くすら見える。いつもだったら嬉しくなったかもしれないが、今はそんな余裕はない。だんだんと恥ずかしくなってきたイレブンが動けずにいる間に、カミュは置かれていた布巾でささっと拭い、さらにはライムもう一個もらえねえか、と店員に頼んでいた。ほどなくして、イレブンの手元にそれは戻ってきた。

「オレが絞るか?」
「……自分でできるよ!」

 子ども扱いなんてされたくないのに、頬杖をつきながら楽しそうにこちらを見つめてくる相棒の顔は、嫌いになれないイレブンだ。




191222発行短編集書き下ろしWEB再録

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