through the door
軽く握った右手を動かせないまま立ち尽くしていたところ、逆に声をかけられてしまった。
「マルティナさん?」
「どうかされたのですか?」
「ああ、ベロニカ、セーニャ……」
通りすがったふたりはお風呂上がりらしく、揃って頬が赤い。ぱっと見はちぐはぐな姉妹なのに、こちらを見上げる表情はそっくりでマルティナは少しおかしくなる。何でもないのよ、と笑って答えた。
「ちょっとイレブンに用があったのだけど……」
「いらっしゃらないのですか?」
「え、でも中からあいつらの声聞こえるわよ」
「……それで、なのよね……」
ドア越しに聞こえてくる無邪気な声は、同室である彼の相棒に向けているのだろう。さすがに内容がハッキリわかるぐらいの声量ではなくとも、楽しそうな雰囲気は伝わってくる。だからつい、ノックをしそびれてしまったのだ。
「なあんだ、そんなこと気にする必要ないのに」
別に急用でもなかったのでこのまま姉妹と一緒に部屋まで戻ろうか、と考えていたら。ベロニカはそう言って、躊躇なくドアを叩いた。
「ちょっとイレブンー? マルティナさんが呼んでるわよー」
「ベ、ベロニカ……!?」
「いいのいいの。こっちが気を遣って放っておいたら、あいつらどこまでも二人だけの世界になっちゃうんだから!」
だからマルティナさんも遠慮することなんてないの、と小さな魔法使いはにいっと尊大に笑う。その横で彼女の妹も反論することなく、「大丈夫ですわ、マルティナさま」と微笑んでいた。呆気にとられたが、カミュの次にイレブンと付き合いが長い彼女たちが言うならば、そういうものなのかもしれない。ともかく、呼んでしまったものは仕方ないので、大人しく待った。
しばらくして、どたばたしながら出てきたイレブンに、「ごめんね、ベッドが気持ちよくて……その、ちょっとだらしない格好してたから、遅くなっちゃった……」と恥ずかしそうに弁明された。すぐに「おいおい、ばか正直に言う必要ないだろ」と部屋の奥からカミュの声が飛んでくる。「こちらのベッド、ふかふかですものね」とセーニャが和やかに同意し、ベロニカがはあーあ、と盛大にため息をついた。
「ねっ、マルティナさん、だから言ったでしょ?」
「……ふふふ、ええそうね、ほんとうに」
再会して、仲間になったばかりの自分は、まだまだ距離を測りかねているけれど。一連の流れには、すっかり肩の力が抜けてしまった。もう少し、気楽になってもいいのだろうか。
「ありがとう、ベロニカ」
「どういたしまして!」
お題『ドア越しの声』
https://shindanmaker.com/386208200430
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