はーとふるらいふ | ナノ


▽ 血と汗と涙と思い出




袖を手が隠れる程に伸ばしてジャージの上から結露した蛇口を捻った。蛇口から出る液体はこの季節には強敵でしかなかった。触りたくない、触れば危険だと脳内でサイレンが鳴る。しかし自分の仕事、やらないわけにはいかない。ドリンクボトルを洗う為、私は危険である液体に手を伸ばした。
感覚が麻痺してしまいそうな程冷たい水が掌全体を包んでいく。こんな冷温でも彼らは動いているから暑いのだろう。妬ましくもなってくる。
次の仕事に取りかかる為にも早く終わらせなくては。寒さと冷たさに身震いしながらドリンクボトルを洗い続けた。

「ナイッサー!もう一本!」

体育館の中は熱気で溢れかえっていた。及川と岩泉は特に暑苦しい感じがした。
三年はもうすぐ引退だ。私と彼らの志望校は同じ、及川はスポーツ推薦だとか聞いた。ドリンクを作ろうとウォータークーラーのペダルを踏んだ。バチィッと騒音の中で一つ鮮明に聞こえた音があった。
及川だ。一年生の飛雄に向かって強烈なサーブを打っていた。なんとかレシーブする飛雄の腕はじんじんと腫れていた。あのサーブには敵でも同情する。絶対痛い。時間を見れば休憩の時間が近づいていた為急いでドリンク作りを行った。

「赤沢さん」

休憩中、皆が大量に消費するタオルを洗おうと集めていると名前を呼ばれた。振り返ればまだ身長は発育途中の飛雄が私を見上げていた。何とも愛くるしい構図だった。両手でボールを抱えて、少し申し訳なさそうで上目遣いなのだ。口元が緩みそうになったが何とか我慢した。

「どうしたの?」
「えっと、サーブ打って欲しいんです。赤沢さんバレーやってたって聞いたんで…忙しいならいいですけど!」

申し訳なさそうな表情からきらきらした表情に変わり、更には慌てた表情に。豊かな表情が可愛らしかった、一年生って感じだ。

「いいけど…今休憩中なのに飛雄は熱心だね。いいセッターになるよ。」
「あっ、ありがとうございます!試合に出ること余り無いし、少しでも経験を積みたくて。」

この子は将来有望だと確信出来るような一言だった。飛雄はセンスがあり一生懸命で監督も期待している。三年が引退すれば飛雄がレギュラーとして活躍する日はそう遠くないだろう。
及川のような強烈なサーブは打てないが、昔知り合いに教えて貰ったサーブがある。無回転でボールを上げて打った。飛雄に向かって飛んだボールは急に曲がって飛雄も対応出来なかった。

「どう!?どう!?」

飛雄は落ちたボールを拾って何が起こったのか分かっていなかったが、すごいと言ってきらきらした表情をしていた。あぁ…可愛い…この部活のマネージャー生活での生き甲斐だ…。なんて癒されてると休憩が終わってしまった。いけないいけないタオル洗濯しなくては。タオルをかき集めて洗濯機に放り込んだ。

「お疲れ様っしたー」
「あぁ…終わった…」

今日の部活が終了し、体を伸ばした。今から帰るのが面倒なくらい疲れてしまった。そして寒い。体育館ではただ一人、及川が残っていた。思わずため息をついた。

「及川ー自主練は素晴らしいけど私鍵閉め任されてるからさー」
「もうちょっと待ってくれない?この体育館でバレー出来るのもう少しだけだしさ。」
「…びっくり。及川がここ離れることがそんなに名残惜しいなんて。」
「いろいろあったじゃん!!ここで岩ちゃんや赤沢ちゃんにかなり殴られたからね!!血と汗と涙の結集だよ!!この体育館!!」

及川の言葉は無視して体育館を見回した。確かに沢山お世話になった。バレー部のマネージャーは忙しかったけど楽しいことだって沢山あった。及川はうざかったが。

「赤沢ちゃん、高校で部活どうするの?」
「…青城行けたらバレー部のマネ」
「行けたらって〜」
「スポーツ推薦のアンタと違うんで。青城私立校だよ!?」

自分の成績は優秀と言える程ではないし、偏差値もぎりぎりだ。青城に行くには私の学力じゃ難しい。

「じゃっ、高校になってもマネとしてよろしくね!赤沢ちゃん!」

いつもの爽やかな笑顔で及川は言ってきた。だから決まった訳じゃないって言ってるのにと呟くが及川は何も言わなかった。苦笑してはいはい、と返した。



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