Erinnerung

 空はどんよりとした曇り空、右手には干上がった川、左手には岩山。
 ずっと同じ殺伐とした風景の中を、橙色の髪の女は黒い車を粗っぽい運転で走らせる。
 女は逃亡者であった。
 気晴らしにでもと電源を入れたラジオからは、彼女の事件が流れて来る。

「アイビス電気の令嬢、ナシーラ・アイビスは未だ逃亡中……違法な兵器開発に携わっていた彼女は、実験途中の兵器を所持している可能性があり、非常に危険であります……――」

 力任せにラジオを切ったナシーラは、奥歯を噛み締め、悔しそうにフロントガラスの向こう側を睨む。
 目に力を入れると心ならずもほろり、ほろりと涙が落ちた。
 そのままにしておくと滲んで視界が悪くなる為、ナシーラは頬を伝う涙を左手で拭き、真っ直ぐ前を向いた。

 ナシーラの父が研究していたのは、厳密に言って兵器ではない。
 使い道一つで兵器になり得る代物であったのは確かだが、その意図は全く無く、魔力の消費を抑え、環境に考慮した製品作りを目指していた。
 だが、未だ続く戦争に、その技術を応用した兵器を欲していた国は、アイビス親子の研究に目を付け、再三に渡り研究資料を提出し、この分野からの撤退を迫った。
 だがナシーラの父は国に立ち向かい、結局今回のような事態となったのだ。
 かつて同じように国に対峙した男も、戦死に見せ掛けられて殺されている。

 ――結局、最期まで同じ道を辿った訳ね。

 ナシーラは独り言ち、胸のポケットから小さな黄ばんだ紙を取り出した。
 大昔、父の友人だったその男からもらった名刺。
 そこに記されている住所に、ナシーラは車を走らせている。

 ――あの人はもういない。もしかしたら別の人が住んでいるかも知れない。そうしたら私は逃亡罪で銃殺……良くても確実に捕まるんでしょうね。

 ふっと溜息を吐く。

 ――でも最期に、一目だけ……あの人の想い出に会っておきたい。

 名刺を再び胸に仕舞い、ナシーラは薄らと微笑みを浮かべた。

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