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三階建てで、白塗りの壁に、細かい細工が施された窓……。 高い壁の外側から少し見える部分だけでもその家は、屋敷と形容するのが相応しいのが解る。 豪奢な建物の近所には他に家が無く、この屋敷だけがぽつんと建っている。 周りには昔森だったのか、立ち枯れた木々が物寂しく並んでいた。 ナシーラは車を下り、屋敷の呼び鈴を鳴らす。 立ちはだかる門は鉄製で、アール・デコ調の幾何学模様が一面に施されているのが目を引く。 その門が、屋敷の重厚な雰囲気を一層高めているように感じた。
「どなたさまでしょう」
インターホン越しに聞こえてきたのは男の声だった。声から察するに、年齢は初老くらいだろうか。
「私は……」
一瞬答えに迷った。 逃亡者、である。 だが一度決めた事だ、と意を決した。
「私はナシーラ。ブラッドレー大将のお宅はこちらか」
インターホンの向こう側でガサゴソと音がする。 通報されるのは覚悟の上の事だ。 ナシーラは門を見上げる。 その視線の先には、珍しい青空が垣間見えた。 ぎいっと蝶番が耳障りな音をたてながら門が開き、一陣の風がナシーラの髪を揺らす。
「お待ち申し上げておりました、アイビスさま。お入り下さい」
果たしてどのような意味で“待っていた”のか……。 ナシーラは深く考えないように意識した。
門をくぐった所で、ナシーラの足は止まった。 殺伐とした色の無い死んだ世界から、草木の茂る、生きた世界がそこに広がっている。 先の大戦の後、すっかり草花はもちろん、“自然”の姿が消えた。 戦後開発が進んだ“魔術”が原因だと言う事は、誰の目にも明らかなのだが、国はそれを認めようとしなかった。 世界が死んで久しい。
「アイビスさま。いつかいらっしゃるだろうと、家主のブラッドレーから聞いておりました」
深々と白髪の男が頭を下げながら、ナシーラを出迎えた。 黒い燕尾服を着込んだ姿は、執事を思わせる。
「私の事……大将から?」
ナシーラは招かれるまま、屋敷の中へと足を踏み入れた。 [*←] | [→#]
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