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男はベランダに椅子を持ち出して座り込むと、酒を片手に真っ黒な夜空を見上げた。 最近はめっきり肉眼で見る事の出来る星が減った。原因は、都市が夜中でも昼間の様に明るい事と、もう一つ理由がある。 男は一口酒を啜たのちに息を吸うが、すぐさま眉根を寄せて、胸一杯の空気を吐き出す。 星が見えなくなったもう一つの原因は空気が汚れている所為。 この世界の都市には草木など一本もない。雑草や、街路樹すらないのだ。今日日では辺境の片田舎でさえ草が生えないと言う。空気の浄化が出来ないのだ。
男は不図、向かって左側の一際明るい場所を見遣った。 あの場所は昔から公園として周辺の住人から親しまれていて、外れに小高い丘がある。 昔はその公園も緑に溢れていたが、今では丘にただ一本立ち枯れた巨木が存在するだけになっている。 その巨木の近くに、先の大戦で戦死したある男の慰霊碑が設けられている。
「エルベルト元帥に」
男がもう一杯盃を呷った正にその時。 乾いた破裂音が二発響いた後、男の家から遠くない場所から火の手が上る。そのすぐ後にパトカーのサイレンがけたたましく谺した。
「お前、私をかくまう気はないか?」
手摺りに寄り掛かり音のした方向を見ていた男は、突然背後からの低い女の声に驚き振り返ろうとした。だが声の主はそれを許さずに、背中に何かひんやりとした物を押し付け、低い声で威すように喋る。
「かくまうのか? その気があるならば振り返っても良いが、その気がないならここでその胸に風穴を開けてやろうと思っている」
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