書斎の窓から眺める碧樹は、若葉に萌ゆり、心地良い春風が分厚い本の頁に手を置いた男の頬を優しく撫でる。
 併し、外の照り付ける太陽の日差しは夏のそれと同じく、矢のように鋭くて猛々しい。
 四季を超絶したかのような暑さではあるが、日の射さない室内では関係無い事だった。
 男は再び、読み掛けの頁へと視線を落とす。
 男の名は珂縹(かひょう)。
 昔、師と仰いでいた男の家の書斎に、数年振りに足を踏み入れた。
 今手にしている本は、この家で一番最後に読んだ本である。
 埃と黴が匂い立つ書斎。
 珂縹は遠き日を思い出していた。

 その昔、珂縹は神童と呼ばれて持てはやされていた頃があった。だが嫌気が差し、出奔したのは十一、二の頃であっただろうか。
 時は今、戦乱真っ只中。
 何処へ行っても戦に出会い、年少であった珂縹には居場所など無かった。
 放浪していた身に、唯一人声を掛けてくれたのが師であった。

 あの日、あの時、今と同じように同じ本を手にして読んでいた。

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