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「縹、話があります」
透き徹る低い声に気付き、珂縹は顔を上げた。 一瞬女かと見間違う程白く、整った顔が微笑み、優しそうな黒い瞳が珂縹を見つめている。
「き……気付きませんでした。師よ、私に話とは何ですか?」
「いつも貴方には言っていますね。この書斎の本を読破するだけではいけない、と……」
「はい。それでは知識を身につけられても智慧は身につかぬと常々申されておりますが」
(知識も知慧も同じ“知”ではないのか……)
珂縹は密に心の中で続けた。
「知識とは自らのみに使うもの……智慧とは誰が為に使うものです。貴方は何故私の門下に入ったのか、もう一度よく考えてみる事です」
心中を見透かされたようで、恥じ入った珂縹は頭を垂れた。 そんな珂縹の頭を師は荒々しく撫で、言葉を続ける。
「貴方はまだ若い。そして私より才能のある人間です。……この長引く乱世に幕を引ける人間だと、信じています。ですからその叡智を生かせるよう、そろそろ外の世界へ……」
「師よ! 私にはまだ、貴方に付いて学ぶ事が沢山あります……」
勢い良く顔を上げると、そこには師の物悲しそうな表情があった。
「貴方は飛び立たねばなりません。もう、すぐそこに大乱の足音は迫っているのです……今起きている戦とは比べるべくもない程大きな戦が起こるでしょう。貴方は、その戦を勝利に導き、泰平をもたらす……」
そこまで言って、師は目を細めた。
「私に残された時間は、あまりにも少ないのです。せめて貴方が飛び立って行く姿を見せて下さい」
珂縹は無言で頷き、それを見た師は再び微笑んだ。
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