薄暗い部屋の中、初老の男が一人、幅の広い剣を天に掲げ、その曇り一つ無い刀身に己の貌を映していた。
 部屋の中は簡素な物で、必要最低限の家財道具しか見当たらない。如何見ても普通の農夫の家である。
 が、しかし、その家に住まう男の眼には唯ならぬ光が宿っていた。
 いつもなら壁に飾られている剣も、その身を一目見れば名のある業物であると、素人でも解る程の代物だ。
 男が若い頃、名の売れた剣士であった事が伺える。

 がちゃり、と男は刃の向きを変えた。

「鷲のアクィラ卿と恐れられた男は今や、このような片田舎で呑気に隠居暮しか」

 背後の入口から、別の男の声が静かに響く。その声は冷たく、どこか疲れている様子だった。

「烈火のイグニス卿が自ら、如何様な御用件ですかな」

 アクィラと呼ばれた男は振り返る事なく手にしていた剣をゆっくりと下ろした。

「捜し出すのに苦労したぞ。お前のその剣を、再び振るう気はないか?」

 イグニスなる男の問いにアクィラは黙り込み、畳んだ己の膝の上に両手を置く。
 さの表情には何も浮かばず、唯黒い瞳を閉じて一つ、二つと呼吸をした。

「貴公は、時に一国の主でありながらも、今や敵国の一将にまで身を落とされた。しかるに、貴公の御身にいかなる志がおありだろうか」

 イグニスは答えず、革靴で一歩前に踏み出した。その足音にアクィラは再び瞳を開く。
 すっと左手を床に添え、客人の方へと向き直る。

[*←] | [→#]
1/3
Top









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -