先程まで大軍同士がぶつかり合っていた平野の真ん中を、男が一人、とぼとぼと歩いていた。
 男の身なりは貧相で、着ている服は穴や擦り切れや汚れが目立つような有様だ。
 だが、腰に掃いている剣だけは、綺麗に手入れがされている様子が見て取れる。
 剣から目を離し、辺りを見遣ればそれは戦いの後。両軍の折れた旗や矛、そしてもちろん多くの屍も目に入ってくる。
 この場は、死臭に満ち溢れていた。
 男はこの場で戦っていた軍を追い掛け、母国から遠く、遥かに遠く、旅を続けている。
 その旅の途中、今と同じ状況に幾度と無く出会い、そして幾度と無く剣を振るった。
 今の今まで屍とならなかっただけ、まだ運はあるようだ。

「成仏しろよ……と、浮図の信者ではない者もいるか……」

 男は立ち止まって小さく呟くと、彼方へ視線を移動させた。
 地平に沈み行く赤き太陽の光とはまた別種の、揺らめく赤い輝きがその視界に入り込み、男は「またか」と溜息を吐く。

 ――私は、いつも一歩遅い。

 そんな事を考えつつ、歯を食い縛って男は再び歩み始めた。

 暫く歩いていると、天空には丸く肥えた月が煌々と輝き始めた。
 小高い丘の上に立ち、男は業火に包まれる小さな村を見下ろす。
 まだ少し離れているが、村から火の粉が風にのって辺りに舞っている。
 見る限り人気はなさそうだが、それでも男は帯いた赤い剣の柄を握り締め、丘を下り始めた。

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