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「ただ今、焔諾(エンダク)の儀を終え、帰城致しました」
言ってアドルフは頭を垂れる。 軽く頷いたレオンハルトに、アドルフは座るよう薦められ、手短な椅子に腰を下ろす。
「それで、何があった? シャーツェ達に落ち着きが無い」
眉睫を険しくし、レオンハルトはアドルフを見る。 シャーツェ達はカナン内にいる竜達の事で、フィンメルが心を閉ざしている事と、何か共通の問題なのだろう。
「実は、フィンメルが心を閉じてしまっているのです」
アドルフはそう切り出し、祠であった事をゆっくりと語る。 聞きながらレオンハルトは口髭を右手で撫でながら、何やら考えに更っていた。
「……では、祠で縛した人間は、ヴァジェット人でもアータル人でも無いと申すのだな」
「はい。耳にした事の無い訛りでした。よしやアータルの島々に、私の知らぬ訛りを持つ部族があるのやも知れませんが……今は彼等が口を割るのを待つ以外には、何も言い切れません」
アドルフの話を聞き終え、溜息を漏らしたレオンハルトは、一枚の書類を持ち上げた。
「人形使いの事で少し、気にかかる事があるのだが――……」
そう言いかけたレオンハルトの言葉を遮るように、荒っぽくアドルフの背後にある扉が開かれた。
「隊長、例の二人組が……!」
大きな音に、アドルフは一瞬腰に帯いている剣の柄を握り締める。 入って来たのは息も切れ切れな、一人の兵士だった。
「こらっ、陛下の御前であろう。首を切り落とされたいのか!」
一喝すると、兵士は縮み上がって直立になる。
「まぁ、まぁ……何やら急ぎの用らしい。申してみよ」
レオンハルトは兵士の緊張を解すよう、ゆったりと話し掛けた。 それと同時に、アドルフは柄を握っていた手を下ろす。
「あ……はい。隊長が捕らえた男二人が、つい今しがた服毒自殺を計ったのです」
聞いたアドルフは勢いよく立ち上がり、椅子が後方に吹き飛ぶ。 何かを言いたげに息を吸うが、先に口を開いたのはレオンハルトの方だった。
「それで、死んだのか」
言葉はあっさりとしていたが、その表情は険しく、端正な顔に影が現れる。
「いえ、まだ……ですが、危険な状況であるようです」
レオンハルトは頷き、すくっと立ち上がった。背丈はそれほど高くはないが、低くも無いので平均的と言えるだろうか。 その背中に流れる紺青の外套が大きく揺れる。
「来い、アドルフ。口を割られる前に死なれては、ヴァジェットへの面目が立たん」
何故ここでヴァジェットの名が出て来るのか不思議そうな顔をして、アドルフはレオンハルトの後に続いた。
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