Bitter Chocolate & Pocket Watch
 赤い煉瓦造りの家々の合間を縫うようにして走る甃みの上、冬の弱々しい日の光りの中で私は一人、ぼんやりと足を動かしていた。
 今日は友人が街にいない為、いつもの酒場とは違う場所を散歩している。
 左手の花屋の角を曲がると、正面に教会が現れ、その教会のまえには小さな噴水のある広場になっている。
 この街、カーンの少し南西に位置し、北部にある城とは違って海の風が少し弱い。
 それでも胸一杯に空気を吸い込むと、汐の香が鼻孔をくすめていく。
 カーンはこの国の都てあると同時に、この国最大の港町でもあるのだ。

 物思いに更ける耳に、カツカツと聞き覚えのある靴音が響き、私は振り返った。
 すると甘い香を漂わせ、一人の若い女性が私の目の前を此見よがしに通りすぎた。
 烏の濡れ羽色の長い髪は、いつものような黴臭さが無い。
 「令華」と声をかけようとすると、彼女の鮮やかな翠色をした瞳が、私を睨み返した。

「こんな所で何してるの?」

 浅葱色のローブをふんわりと着こなし、水色の長いスカートの彼女は足を止め、低い声で脅すように言った。

「君のほうこそ、このような場所で何をしているのだね? 教会に顔を出せる人間ではないだろうし。……私の事は、言わずとも解っているだろう」

 私は彼女のブーツと同じ、焦げ茶色の瞳を閉じ、やんわりと返す。多分君は相変わらず私を睨んでいるだろう。

「また執務を逃げ出して、城下をぶらついていたのね。進歩がないわ。それでこの国を治められるつもり?」

 いつもながら君、令華の言う事は的を射ている。
 私がこの国を治める立場となって、何年が経つだろうか……令華から言わせれば、何の進歩も無いのかも知れない。
 だが“遊び”で失った二年間の穴を埋めようと、努力の限りを尽くしている事も確かなのだ。

「令華、少し話をしないか?」


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