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パキパキと、足元から聞こえた枯れ枝を踏み締めたような音に、ノックスは視線を向ける。 何もない、ただの白い床。そう思って顔を上げようとすると、靴の下から黒い光が沸き上がり、思わず足を退けた。 先程の蠢めく者とは違い、鈍色に輝くその光は一気に部屋中を駆け巡り、ネルソンを中心に幾何学の紋章を描く。 その紋章が完成するよりも前に、ノックスの目の前にはぽっかりと暗い穴が開き、地底から新たな影が舞い降りる。 漆黒の躯に大きな嘴、背中には蝙蝠の翼を持ったその姿は、よく本で見掛けるガーゴイルのそれと同じだった。 紅い瞳をノックスに向け、ガーゴイルは蛇と猿の声を合わせたような唸り声を上げる。
「邪魔だ、馬鹿野郎!」
ノックスは短剣で切り掛かるが、逆に突き出された鋭い鍵爪を避けるのにまわらざるを得なくなった。 多少剣術を習った事があるおかげで回避はなんとかなっているが、戦い慣れなどしていない為すぐさま息が上がる。 右、左と、徐々に攻撃速度が速まり、そろそろ追い付かない。 左から来たフェイントを躱し、すぐに来た右寄りの攻撃を避け切れず、その爪は二の腕を深く刔って行った。
「――しゃがめ」
ノックスは衝撃に身を任せ、どこからともなく聞こえた女の声に従う形になった。
――光よ、不浄なる者へ終の裁きを
塵と化せ、立ちはだかる者よ――
詠唱が完成すると、ノックスの背後から白く輝く光が放たれ、今まで立っていた辺りをガーゴイルもろとも飲み込む。 腕を押さえながら、ノックスは光が放たれた方向に顔を向ける。すると逃げたとばかり思っていた女の姿が目に入った。
「大事ないか、少年?」
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