三
草原を北に暫く行くと、急にごつごつとした岩肌が顔を覗かせ、川はやや西へと歪曲する。 山道に入ると、森が鬱蒼と茂り、見通しが悪くなった。
先頭を行く孟鐫ら騎馬兵は、後方の歩兵と上手く歩調を合わせて進む。 騎馬兵は起動力があるのが魅力ではあるが、孤立してしまっては意味が無い。つかず離れずが理想であろう。
「孟鐫様。少し行った場所に、堰と見られる丸太の山があります。警備する人間も多数見受けられます。回りにも、充分注意なさって下さい」
木の上から声がする。 孟鐫はその声の主を確認する事無く馬を進めた。
「来た……来たぞ! 瓏兵が来たぞ!」
見張りが駆け込んで行った陣の規模からして、堰を守備していると見られる敵はそれ程多くなさそうだ。 しかし、孟鐫は慢心せず、先程の声を思い出し、部隊に指示を出していく。
「仲煌(チュウオウ)の部隊はこの場所を警戒。我々は突撃し、敵を叩く――」
森に、伏兵がいる。 そう感じて半分の人間を残す事にした。
「了解しました。存分に、戦って来て下せぇ」
背後の青毛の馬に跨がっていた大柄の男が笑顔を見せ、孟鐫から離れて行った。 幼なじみの仲煌ならばこそ、安心して背中を任せられる。
敵陣に向き直り、右手に持った剣を掲げた。すると、いつもの訓練の通り、兵達は武器を構える。
「……よし、行くぞ!」
孟鐫は声を張り上げ剣を突き出し、馬の腹に蹴りを入れて一気に走り出す。 他の兵もそれにならい、意気を入れて突進を始めた。
降り注ぐ矢の雨を、孟鐫は剣で一閃、二閃と薙ぎ払い、進行方向から突き出された槍を起用に避け、その槍を持つ腕ごと賊徒の輩を両断した。
偃月の最前線に並んだ騎馬兵五百が敵の戦線を崩壊させ、歩兵が崩れた場所を更に攻撃する。 ビョッ、と耳元を勢いよく矢が掠って行く。
「水門を征圧しろ。逃げる者は深追いするな――」
喧騒に負けじと孟鐫は大きな声を上げながら、迫り来る矛先を剣で叩き落とす。 次々と迫り来る刃を払い落とす毎に朱い剣花が咲き、同じように相手の剣の破片が宙に舞った。 その剣花が散るよりも速く、孟鐫は剣を振るう。 孟鐫の剣は特別に作られた物である。そんじょそこらのなまくらなど、一撃で打ち砕く硬さなのだ。
一時と経たずして潰走を始めた賊徒は捨て置き、川に築かれた堰へと向かう。 聞いた通り俄か拵えの、脆そうな堰だった。
「鐫兄ィ、こっちは片付きましたよ」
背後から仲煌が声をかけ、孟鐫は堰から視線をそちらへ向けた。 目に入った仲煌は馬から下り、手綱を引いている。
「やはり来た、か」
えぇ、と仲煌は苦笑いをしながら頬を掻いた。 仲煌には部隊の損傷具合を調べさせ、孟鐫は再び堰へと向き直る。 この程度の堰なら、壊してしまったほうが良いのかもしれない。 何故だか完全に川をせき止めておらず、隙間から絶えず水が流れていた。 川の水を減らし過ぎない事で、上流に堰がある事を気どらせまいとした、か……。 確かに、誰だかは知らないが、頭の多少切れる人間がいるようだ。 孟鐫は腕組みをしながら、近くの兵に人を集めるように指示をした。
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