草原を北に暫く行くと、急にごつごつとした岩肌が顔を覗かせ、川はやや西へと歪曲する。
 山道に入ると、森が鬱蒼と茂り、見通しが悪くなった。

 先頭を行く孟鐫ら騎馬兵は、後方の歩兵と上手く歩調を合わせて進む。
 騎馬兵は起動力があるのが魅力ではあるが、孤立してしまっては意味が無い。つかず離れずが理想であろう。

「孟鐫様。少し行った場所に、堰と見られる丸太の山があります。警備する人間も多数見受けられます。回りにも、充分注意なさって下さい」

 木の上から声がする。
 孟鐫はその声の主を確認する事無く馬を進めた。

「来た……来たぞ! 瓏兵が来たぞ!」

 見張りが駆け込んで行った陣の規模からして、堰を守備していると見られる敵はそれ程多くなさそうだ。
 しかし、孟鐫は慢心せず、先程の声を思い出し、部隊に指示を出していく。

「仲煌(チュウオウ)の部隊はこの場所を警戒。我々は突撃し、敵を叩く――」

 森に、伏兵がいる。
 そう感じて半分の人間を残す事にした。

「了解しました。存分に、戦って来て下せぇ」

 背後の青毛の馬に跨がっていた大柄の男が笑顔を見せ、孟鐫から離れて行った。
 幼なじみの仲煌ならばこそ、安心して背中を任せられる。

 敵陣に向き直り、右手に持った剣を掲げた。すると、いつもの訓練の通り、兵達は武器を構える。

「……よし、行くぞ!」

 孟鐫は声を張り上げ剣を突き出し、馬の腹に蹴りを入れて一気に走り出す。
 他の兵もそれにならい、意気を入れて突進を始めた。

 降り注ぐ矢の雨を、孟鐫は剣で一閃、二閃と薙ぎ払い、進行方向から突き出された槍を起用に避け、その槍を持つ腕ごと賊徒の輩を両断した。

 偃月の最前線に並んだ騎馬兵五百が敵の戦線を崩壊させ、歩兵が崩れた場所を更に攻撃する。
 ビョッ、と耳元を勢いよく矢が掠って行く。

「水門を征圧しろ。逃げる者は深追いするな――」

 喧騒に負けじと孟鐫は大きな声を上げながら、迫り来る矛先を剣で叩き落とす。
 次々と迫り来る刃を払い落とす毎に朱い剣花が咲き、同じように相手の剣の破片が宙に舞った。
 その剣花が散るよりも速く、孟鐫は剣を振るう。
 孟鐫の剣は特別に作られた物である。そんじょそこらのなまくらなど、一撃で打ち砕く硬さなのだ。

 一時と経たずして潰走を始めた賊徒は捨て置き、川に築かれた堰へと向かう。
 聞いた通り俄か拵えの、脆そうな堰だった。

「鐫兄ィ、こっちは片付きましたよ」

 背後から仲煌が声をかけ、孟鐫は堰から視線をそちらへ向けた。
 目に入った仲煌は馬から下り、手綱を引いている。

「やはり来た、か」

 えぇ、と仲煌は苦笑いをしながら頬を掻いた。
 仲煌には部隊の損傷具合を調べさせ、孟鐫は再び堰へと向き直る。
 この程度の堰なら、壊してしまったほうが良いのかもしれない。
 何故だか完全に川をせき止めておらず、隙間から絶えず水が流れていた。
 川の水を減らし過ぎない事で、上流に堰がある事を気どらせまいとした、か……。
 確かに、誰だかは知らないが、頭の多少切れる人間がいるようだ。
 孟鐫は腕組みをしながら、近くの兵に人を集めるように指示をした。

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