兵法に『水を渉りては、半ば渡りたるときに撃つべし』とある。
 賊はその言葉を知っているようだ、と謄蛍は言う。

「それに、蒼瑙山脈から流れ出る雪解けの水が、心なしか少ない……上流に堰があるのでは無いか」

 つまり、こちらが川を渡ろうとしても、打つ手があちらにはあると言う事か。
 いかにすべきか。孟鐫は首を傾げた。

「もし、上流に堰があるのであれば、我が部隊が征圧してご覧にいれましょう」

 眼前の敵は、いつ、我等が河を渡り来るか、てぐすね引いて待っている。
 だが、頼みの水計が無ければ、悠々と構えている分、蹴散らす事も容易だろう。
 孟鐫は自分の私兵、二千騎を率いて上流へ向かう事を提案した。
 二千騎くらいでは、あまり戦局は変わらない。それならば、有効に動いた方が良いだろう。
 謄蛍は快く承諾し、孟鐫の肩を叩く。

「活躍を、期待しておるぞ。……我が息子も、そなたのような人物であれば良かったのだがな」

 そう言いながら謄蛍は馬を反転させ、陣中へと戻って行った。

 謄蛍は、姓を史(シ)、名を穿(セン)と言う。
 この瓏国を統べる帝の大叔父にあたる人物なのだが、帝の座を狙っているとの流言によって左遷され、今は北方の僻地である堰州の刺史に納まった。
 現帝は三代目で、謄蛍は初代帝史茘(シレイ)の弟にあたる。
 初代が倒れた時、二代目史安(シアン)が若輩だった為、当時三十路だった謄蛍を帝に担ぎ上げる動きがあったが、本人は固辞し、史安の補佐に徹した。
 その史安も四年前に崩御し、再び謄蛍を帝にする動きがあった。
 しかし、現帝、史潭(シタン)派だった男がその動きを一蹴し、事態は終息を迎えた。
 その一件を静めた男が、角孔(カクコウ)である。
 謄蛍自身も、こう幾度となく帝に担ぎ上げられそうになるのにうんざりし、左遷には快く応じた。


 孟鐫は部隊の人間に準備をさせながら、時を待った。
 孟鐫の出身である村も山沿いにあり、山道ならば得意分野である。
 私兵の訓練にも近くの山を使う為、今回の任は孟鐫にとって、功を上げる絶好の機会なのだ。
 ただ、二千騎とは言え、半分しか騎馬兵ではないので、二千“騎”と言うのは些か語弊があるのかも知れない。

「さて……帰って、奴らにどやされないようにせねばならん。皆、気を引き締めて行くぞ」

 陣の北に部隊全員を集め、孟鐫は剣を持ち上げながら気合いを入れた声を張った。

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