バレンタイン当日

 さて、当日。相も変わらず出来上がった、普通の出来のチョコレートを包んだものをポケットに忍ばせながらノエルは歩いていた。歩きながらも、早速後悔を一つ。

 どのタイミングで渡せばいいかというのを、ファルセに聞きそびれてしまったことだ。そもそもタイミングが無くいつでもいいのかもしれないが、というかファルセが指定しなかったので恐らくそうだろうとは予想していたのだが、想像していた以上に渡すのが気恥ずかしいのだ。

 これならば、指定してくれた方が幾分かマシだと思うくらいに。

 けれども、いつまでもそうしている訳にもいかず、もう何も考えずに適当に渡してしまおうかとイヴァンを探しているのだが一向に見つからず。立ち止まってしまうのも躊躇われ、当ても無く歩いている状態だった。

「あ、ノエル!」

 もういっそ今日会えなければいいのでは、と思い始めたところでタイミング悪く声が掛けられた。最早毎日のように聞いているその声は、誰のものかなんてすぐに認識できる。が、分かってはいても、現実を認めたくないような、そんな気持ちからゆっくりと振り返った。

 そこにいたのは、当たり前の事ながら想像通りの人物で。

「漸く見つけた!どこにいたんだ全く」
「え……その辺」
「なんだそれ」

 イヴァンは朗らかに笑っていたが、ノエルにとってはそれどころではない。こうも唐突に出会ってしまっては、行動するにも何故だか緊張してしまう。目を逸らしながら、ポケットの中身を何となしに触っていると、あ、そうそうとイヴァンが声を上げた。

「これ」
「え」
「ノエルは知らないかもしれないが、今日はバレンタインだからな!作ってきた」
「……え」

 なんて事も無いようにすらっと手渡されたのは御丁寧にも可愛らしく包装されている、タイミング的にどう考えてもチョコレートであろうものだ。まさか、渡されるという状況を考えもしていなかったノエルは、びしりと固まった。

 そっとイヴァンを伺ってみると、早く開けて食べてとでも言うようにじっとこちらを見ている。その視線に負けてしまったノエルは、綺麗に結ばれているリボンを解いた。

 そう、解いてしまったのだ。

 中に入っていたのは、花が象られているチョコレートだった。それも、どう作ったのかは想像も付かないが花びらの一枚一枚がしっかりと表現されていて、手が込んでいるのは明らかだ。壊さないように、慎重に一つ手に取り、何だか勿体無い気分になりながらも口に含む。

「う、おいしい……」
「そうか!それはよかった」

 とても嬉しそうに顔を綻ばせているイヴァンだが、ノエルの気分は落ち込むばかりだ。案の定、イヴァンの作ったチョコレートは美味しかった。しかし、美味しすぎたのだ。ノエルがチョコレートを渡すのを躊躇うくらいには。

 特に工夫もせず、いつものようにレシピ通りに作ったものは、食べてみてもやはり普通の味がして。イヴァンのと比べると、天と地の差があると言ってもいいかもしれない。

「……ありがと」

 作ったものは後で自分で食べてしまおうと決め、ノエルはそっとポケットの中の包みを握り締めた。

 と、その時だった。

「きゃ、ごめんなさい」

 突然、魔族にぶつかられたのだ。どうやら急いでいるらしく何度も頭を下げている。

「いや、平気。大丈夫か?」
「はい。本当に申し訳ありません」

 ぺこぺこと頭を下げ続ける魔族を手で制すと、もう一度謝った後に駆けて行った。また誰かにぶつからなければいいけど、と慌しいその魔族をぼんやり見送っていると、イヴァンが肩を叩いた。

「……ノエル、」
「ん?」
「それは……」

 指が向かう先には、ノエルが渡そうとしていたチョコレートの包みが転がっている。慌ててポケットを探ると、先ほどまであったものがない。どうやら先ほどの衝撃で落としてしまったようだった。

「や、これはその……」
「誰かに」
「へ?」
「誰かに貰ったのか?」

 随分と見当違いな事を言われ、ノエルは首を横に振った。

「んなわけないだろ!これは俺がお前に──あっ」
「え」

 思わず言ってしまった言葉に慌てて口を押さえる。が、既に遅かったようでイヴァンは目を丸くしていた。嘘でも貰ったと言ってしまえば良かったと今更ながらに後悔したものの、時間が戻るはずも無い。

 とりあえず急いでチョコレートを回収すると、背後にさっと隠した。

「……どうして隠すんだ?」
「これは、その失敗して」
「わざわざ包んであるのにか?」

 どうしてこんな時だけ頭が回るのか。イヴァンを睨みたくなるも、目を合わせたくなく、何の罪も無い廊下のカーペットを睨みつけた。

 イヴァンが一歩近づいてくれば、ノエルは一歩下がって離れ。無言の攻防を繰り広げていたが、ノエルは唐突に包みを開いた。

 勿論、渡すためではない。

 乱暴な手つきで一つ掴み、口に放り込む。騒いでいるイヴァンを無視して、ひたすらチョコレートを咀嚼した。イヴァンの作ったものを食べた後のせいか、普通よりも劣っているように感じてしまうのが何だか癪だった。

「ちょ、くれるものではないのか!?」
「ちがいますー」
「わざわざ包んであるのに!?」
「しつこい」

 数が多いわけではない。渡せないのなら食べてしまえばいい。どうせ後で食べようと思っていたのだから、結果は変わらないのだ。と、ある意味開き直ってほぼ無心でチョコレートを食べ続けた。

「……おい、手」

 が、いつまでもそうさせてくれるはずが無く、手首を掴まれて呆気なくチョコレートを口に放り込むだけの作業は止められてしまった。あともう少しだったのに、と腕をがむしゃらに動かすもびくともしない。

「はな──ッ!?」

 せめてもの抵抗とばかりに口を使おうとしたのだが、呆気なく塞がれてしまった。固く閉じる間もなくすぐに舌が入り込み、口内を我が物顔で動き回った。手を塞がれているため足で蹴りつけるも、あまり効果はないようだ。

「っ、何すんだよ!ここ廊下!!」
「ん、美味い」
「あっ」

 漸く離れた時に睨みつけながら言ったが、その拍子に手にあったチョコレートは奪い取られてしまった。手を伸ばしたが、そんな事はお構いなしに抱きしめられる。

「まさか、貰えるだなんて思っていなかったからな。とても嬉しい」
「……渡してないし。取られただけだろ」
「まぁまぁ、照れるな照れるな」

 言い返そうとしたが、何をいっても無駄であろう事を察し、ノエルは潔く口を閉ざした。渡そうとしていたのは本当なのだ、一応。

「随分と少なくなってしまったが、大切に食べる」
「……嫌味か」
「そんな事は無いぞ!しっかり全部食べたかったが」
「すごい気にしてんじゃねぇか」

 味がどうとか、見た目がどうとか言いたい事は沢山あったが、イヴァンがとても嬉しそうにしているので、ノエルはまぁいいかと顔を埋めた。





あとがき

本当はノエルからキスさせるはずだったんですけど予想外に動いてくれなかったんで、結局イヴァンからになりました。おかしいな。
そんなこんなでハッピーバレンタイン!もう今日終わりそうですけど。前半は13日入り始めの時間に更新して後半は14日終わりってどういうことなの?本当はもっと余裕に更新できるはずだった。まぁ私に予定とか計画を立てるなんて無理な話だったんですよ←
バレンタインってことで糖度は高めにしようと思ったんですけど、現在の本編の糖度は皆無に近いんで、この微妙な感じでもいちゃいちゃしてるんじゃないかなーと思います。書けなかった言い訳です、はい。実はファルセがいつもと違う方の厨房使えよって言ったのはイヴァンが使っているの知ってたからだったり。多分鉢合ったらノエルは作んなくなっちゃうので。
でも一番功績をあげたのは見知らぬ魔族っていう。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -