バレンタイン前日
※全部終わって恋人同士みたいな感じです




 ノエルは悩んでいた。朝、ファルセと話してからずっと悩み続けていた。明日、バレンタインなるものがあると聞いたのは今朝の事だ。それまでずっと知らずに呑気に過ごし、時間を無駄にしてしまった自分を恨みたくなるくらいだったが、そんな事をしても答えは一向に出ない。

 ノエルの頭を悩ませているのは、明日の事に他ならない。

 バレンタインというのは恋人にチョコレートをあげる日ですよ、と唐突にファルセに言われた訳だが、重要なのはそのチョコレートだ。ファルセは是非手作りを、だなんて笑顔で言っていたが、果たして作ったところで喜ばれるのか、それが問題だった。

 イヴァンは、料理が上手い。皮肉な事に、菓子を作るのも上手だった。

 現存のレシピに自分なりにアレンジをし、より良いものを作っているのだ。時間が経つほど色々な点を改善して、どんどんと進化していくのだから余計に太刀が悪い。一方ノエルといえば、料理やら菓子作りに関しては全く出来ないというわけではないのだが、レシピが無ければ作れない、という、言ってしまえばどこまでも“普通”だった。アレンジなんてしようものなら、確実にヤバイものが出来上がってしまうだろう。ここで言うヤバイとは、とても美味しい、ではなく未知の物質、という意味のだ。そもそも、何をどうアレンジすればいいのか全く分からないのだ。

 チョコレート菓子を作るのは簡単だ。レシピがあるのなら確実に出来る自信がノエルにはある。勿論、プロの人がやっているような技術を要するものは不可能だろうが。

 けれども、そんな溢れかえっている、誰でも作れるようなものをあげて果たして喜ぶのか。そこが悩みの種だった。イヴァンならば、ノエルよりももっと美味しいものができる。勿論、見た目さえもこだわりを持った菓子が出来るはずだ。そんな人に、ただの普通のものをあげてしまったいいのだろうか。

──いや、ダメだろ。

 これがノエルの答えだった。ならばせめて、他のもので代用できないかと思ったわけだが、ファルセが嫌にチョコレート、というのを強調していた気がするのだ。ノエルはイベントをあまり知らない。下手なものを渡して、そのイベントの中ではタブーだったとしたら、と考えると、他のものというのも恐ろしい。

 と、そんなこんなで答えが出ないままずっと悩んでいた。最早、考えたところでどうしようもないのだが。上手い策すら思いつきそうも無い。最終手段としては、店で買う、というのがあるが、これも微妙だった。そもそもどこのものが美味しいかなんて分からないし、金で解決というのは簡単だが、果たしてそれでいいのかと留まっているのだ。

 レシピ本のページをぱらぱら捲り、ノエルは大きく溜息を吐いた。一人で悩んでいては解決しそうに無い問題だ。けれども、まさか本人に何が良いかなんて聞くわけにはいかない。

 と、なると尋ねる相手は一人くらいしか居ない。この悩みを起こしたファルセだ。

 そもそもイベントの事を伝えてきたのはファルセであるし、詳しいはずだ。どうすればいいか聞くには適任だろう。だが、面白半分でふざけた提案をしかねない。

 聞くか、聞くまいか。しばらく唸っていたノエルだったが、結局何も思いつきそうもないので、ファルセが居るであろう場所へと向かった。



「……それ、本気で言ってます?」

 相談したは良いものの、開口一番に呆れた様子でファルセはそう言った。それ、というのは果たしてどれの事だろうか、としばし思考を巡らせていたものの、さっぱり分からずに黙り込む。そんなノエルを察してか、ファルセは返事を待たずに続けた。

「貴方が渡したものなら、なんでも喜ぶと思いますよ。でも、特に手作りは心がこもってそうでしょう?」
「いや、でも……」

 心がこもってるだとか、そんなもんでいいのだろうか、ノエルは言いよどんだ。何せ、相手は仮にも魔王なのだ。その辺にわらわらいる魔族から、それこそ心のこもったものなんて嫌になるくらい貰っているはずだ。

 どうしても、イヴァンが喜んでいる姿というのが想像できないのだ。

「あぁ、じゃあこういうのはどうです?」

 沈んでいたノエルに、ファルセがぽんと手を叩いた。表情こそにこやかだが、何だか嫌な気しかしなかった。

「身体にチョコレートを塗って、食べて、という典型的な手段をしてみるというのは」
「却下!バカか!!俺を変態にする気か!!」
「これなら、絶対に喜ぶと思うのですが」

 なにがどう典型的なのかは分からなかったが、正気の沙汰ではない。そんな事をしてはいくらイヴァンと言えども引かれかねないというのがノエルの認識だった。バレンタインというのがどんなイベントであれど、おかしいというのはすぐに分かる。

 残念そうにしているファルセを無視し、ノエルは頭を抱えた。結局のところ、為になるようなアドバイスを聞くことは出来ていない。

「冗談はさておき」
「……勘弁してくれ」
「ふふ、すいません。それで、チョコを作ってあげるのもそうですけど、キスして口移し、くらいしてあげたらいかがです?」
「なッ……!?」

 チョコレートから、どうしてそう話が飛躍するのか。絶句しているノエルに構わず、ファルセはだって、と笑顔で述べる。

「折角の恋人用のイベントですし、いつもはそういうのはイヴァン様からでしょう?この間、それについてぐだぐだ煩かったんですから」
「そういうのって……」
「別に、誘えと言っているわけじゃないですし」
「うわぁああ、もう止めろ!」

 思わずしゃがみこんで耳を塞ぐと、口元に手を当ててくすくすと笑っているファルセが目に入る。からかわれたのだと漸く気が付いた。耳から手を離し、睨みつけると苦笑された。

「あ、一応キスの件は冗談ではありませんよ?最終手段とでもお考えください」
「えー……」

出来るだけ考えたくない手段だったが、ファルセが真剣に言っている様子だったので否定しかけた口を閉ざした。

そんな手段を取らない為にも、先ず、すべきことは出来るだけ見た目の良いチョコレート菓子作りだ。悩んだ時間が無駄になってしまった。結局は手作りなのだから。

 厨房に向かおうとしたノエルを、ファルセが思い出したように引き止めた。

「そうでした。厨房を使うのでしたら、離れの方が良いかと」
「え、なんで?」
「……明日のイベントは、貴方だけではないので」

 言われて、そういうことかとノエルは納得した。この城にいる魔族たちにも、それぞれ作って渡したい者がいるのだろう。少し遠いが致し方ないと、ノエルはいつもとは違うほうへと向かった。





続きは14日に!


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