花火の話
色とりどりの炎が音を立てながら夜空を彩る様子を、ノエルとイヴァンは隣に座りながら眺めていた。魔物の類はこの花火と呼ばれるものが始まる前、二人や他の魔族たちで一掃したお陰で一匹たりとも見当たらない。勿論、この場にはそんな作業に協力した魔族たちも揃って上を眺めており、友達や恋人同士で空に見惚れている。中でも恋人同士で眺めている者たちは、うっとりと花火の美しさを見ながらも、どちらかといえば恋人との甘い空間に酔いしれていた。

ノエルとイヴァンもいくら人目が多いといえども、綺麗ねうふふ的な会話の一つもあって良いものである。

「すげーなあれ。どうなってんだろうな?」

しかしそんな会話は一言たりとも存在しなかった。イヴァンに向かって、好奇心に目を輝かせている魔法が好きなノエルのせいである。

今打ち上げられている花火というのは、魔力を使った魔法で作り上げられているものだ。誰も傷つけずにどう魔力を有効活用しようか、と考えたどこぞの変人によって考案されたのだ。結果このように大勢の魔族たちが集まり、そしてわーわー盛り上がっているのだから大成功ではあるのだが、魔法で出来ている、というだけあってノエルの興味を引いてしまったらしい。始まった時からずっとこんな調子で、恋人同士の戯れなどまるでなかった。

確かに、普段のやる気の無さそうな目が輝き、テンションも何割か増しているノエルは可愛いとイヴァンは思うが、それにしてももっとこう、何かあってもいいんじゃないかという不満の方が強い。それは周りで、君のほうが綺麗だよ、あらぁ、うふふなんて盛り上がりまくっている恋人達のせいだ。

別にそこまでの砂糖菓子にさらに砂糖を塗したようなでろでろの甘ったるい会話をしたい訳ではないのだが、せめてビターなコーヒーにちょっと砂糖を加えるくらいの事があってもいいってものである。

このままでは、甘さなどまるでなく、どちらかといえばお父さんと付き添いの子供のようになってしまう。というかすでになっている感じはしていた。先ほどからずっと、花火の仕組みについてしきりに聞いてくるノエルを、子持ちの母親達が微笑ましい目で見て、その後お父さん大変ねとでも言いたげにイヴァンに目を移すのである。勘弁して欲しい。

そんな母親達と目が合うと苦笑して誤魔化しながら、イヴァンはノエルをじとりと睨みつけた。このままでは完全にお父さんになってしまう。どうしてくれよう。いや待てよそういうのもあり……いやなしだとすぐについ浮かんでしまった邪な考えを打ち消した。イヴァンは父親というものが嫌いなのだ。

「な、なんだよイヴァン。楽しくないのか?」
「別にー」
「なんで拗ねてんだよお前」

漸く花火から意識が逸れたノエルだが、イヴァンはツンと顔を逸らす。花火に嫉妬しているようで我ながら子供っぽいとイヴァンは思ったものの、今更止めるわけにもいかない。視界の端に映る花火は、文句の付け所がないくらい綺麗だったが、同時に腹立たしくもあった。

「おーい、魔王ー」
「……」
「イーヴァーンー」
「…………」
「無視かこら」

幾分かノエルが声色を低くしたが、イヴァンは花火もノエルもいない方を向いたままだった。控えめに輝く星がちらちらと瞬いていて綺麗だ。下のほうでキスをしているカップルは見なかった事にした。

「全く、子供っぽいやつ」

お前が言うか、よりにもよってノエルが。言いたかったが、イヴァンは開きかけた口を閉ざした。ついでにディープなキスをし始めたカップルを八つ当たりに睨みつけておいた。残念ながら、二人の世界に入りきっているカップルには効果はまるでなかったが。

珍しく無視を貫いているイヴァンの耳に、ノエルの軽い溜息の音が掠めた。すぐに花火の音で打ち消されてしまったが、はっきりと残っている。

「てい」

機嫌を悪くしてしまったかと不安になりそうだったが、その前に、やる気の無い声と共に半ば無理矢理に入り込んできた灰色に驚いてしまった。すぐに軽い三角座りから足を伸ばすと、ノエルはくすくすと声を上げて笑った。イヴァンは唇を尖らせてすぐ膝の上にある髪を梳くと、お返しと言わんばかりにノエルもイヴァンに手を伸ばした。

「な、綺麗だな」

イヴァンの頬をなでながら、ノエルが言う。

「……花火が?」
「お前の目が」
「先ほどまでずっとあっちに釘付けだったではないか」
「あれは今日しか見れないだろ」
「ちょ、調子のいい事ばかり言いおって……!」
「の割に嬉しそうだな、可愛い奴め」

得意そうな顔でにやと笑うものだから、悔しくなったイヴァンはノエルに顔を寄せた。綺麗と褒められた目を開いたままに、ちょん、と唇同士を合わせると、余裕そうにしていたノエルがびしりと固まった。

「ふむ、この体勢はちときついな」
「ちときついな……じゃねーよ馬鹿!!こ、んな所で」
「なんだ、時々外でもやっているだろう。今更キスくらいで」
「わーわーわー!!」

形勢逆転。顔を隠すように両手で覆っているノエルに、イヴァンは口角を上げた。

「可愛い奴め」


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