女神様とにゃんこちゃん
「別れよう」

目の前でいちゃつかれながら言われたその言葉に、口から漏れたのは文句でも、罵倒でもなく。

「あぁ、そう」

その一言だけだった。

◆◇◆

「だぁあああ!くっそ、まじなんなんだよあいつ!!死ね、いっそ死ね、氏ねじゃなくて死ねこのヤリチンポンカス浮気野郎ざっけんな!!」

元恋人の前で何も言えなかったからといって、不満が溜まっていないわけが無かった。告白も向こうからで、散々甘い言葉吐かれて、んでこっちがデレたらおさらばか?攻略したツンデレはいりませんってか?いや別にツンデレじゃないと思うけど。

思いの丈を目の前の木に足を媒介にぶつけまくっていますなう。そうでもしなきゃやってらんねぇぜ、酒もってこい酒。まだ高校生だから飲めないけど。

季節的に虫も湧いてきているのか、蹴るたびに黒い影がぶんぶん飛んでいるのが見える。悪いな、やめる気は全く無いけど。今更だけど蜂の巣とか無くてよかった。いやないか。一応お坊ちゃま高校だし。俺は特待の平民ですけどね、ケッ。

「あー腹立つ、なんで奴の顔面ボコボコにしなかったんだろう俺」

勿論、そんなことしようものなら返り討ちに遭い逆にフルボッコにされていたであろうが。金持ちで頭良くて統率力あって喧嘩強いとか奴はこの世に生まれ落ちてしまったバグかなにかか。天が二物どころか全て与えてしまってるんだから困る。

「はぁーあ……」

しばらく木に八つ当たりをしまくっていたが、空しくなって止めた。俺が蹴ったせいで、木の周りには不自然に葉が落ちている。うん、ごめん。後悔も反省もしてない。

木の幹に背を預け、深呼吸しながら空を見上げる。俺の気分は真っ暗だと言うのに、皮肉にも今日は快晴というほど雲が無く、真っ青な空が頭上を覆っていた。そういう時は、雨が降るものじゃないんですか、畜生。

暴れまわらずに大人しくしていると、嫌でも奴の事を考えてしまう。誰にも慕われるこの学園のトップの生徒会長だというのに、意外と抜けているところがあるだとか、甘いものが好きとかいう乙女かとつっこみたくなるような味覚だとか。……思い出すたびに、俺は奴の事が好きだったのだと嫌でも自覚させられる。いや、だった、ではなく今もなのかもしれない。

「あー……」

最近までは、何事も無く穏やかだったのだ。転入生が来るまでは。その転入生は生徒会の役員を次々と恋愛的な意味で落としていった。それは、あの奴も例外ではない。思いやりがあり、気配りの出来るらしい転入生は奴に毎日毎日菓子を作ってあげたりしたらしい。健気で、顔も可愛らしくて。……俺には、全く無い要素だった。顔は普通で……菓子なんて男子高校生が作れると思うか?少なくとも、俺にはそんな技能は無い。

あの奴は、転入生の事は始めから気に入っていたらしく、一応恋人だった俺がいると言うのに初対面、食堂でキスをかます始末。一目ぼれですかそうですか。で、転入生も奴を好きになり、俺という邪魔者がいなくなって今頃ハッピーエンドか。とんだ茶番の悪役だな、俺は。

熱くなった目元を腕で覆うと、制服がじわじわと湿っていくのを感じる。あぁ、なんて情けないんだ、俺は。こんな事で泣くだなんて、本当にみっともない。

「──あれ、にゃんこちゃん、今日は元気ないの?」

誰だよ、こんな時に。俺のお気に入り、人気の少ないスポットだというのに、カップルか何かが来たのか?とりあえず空気読め。というかにゃんこちゃんって。そう呼ばれてる相手の顔が見てみたいあだ名だな、くそ。どうせ転入生くらい可愛い顔なんだろうよ、潰すぞ。

「にゃんにゃん、元気出してー?」
「……ん?」

随分間近に声が聞こえるなぁ。おかしいなぁ。どうして俺今、頭撫でられてんのかなぁ。あれ、どういうこと、え?

恐る恐る顔を上げてみると、目の前に誰かがいた。視界が滲んでいるせいで、どんな人なのかはよく見えないが。

「泣いてるの、にゃんこちゃん。どうして?」

頭を撫でていた手がするりと動き、自然な動作で俺の目元を拭った。長くて綺麗な指だなぁと追っていたが、相手の顔が見えたところで、思わず叫んでしまった。

「ふ、風紀副委員長!?」
「うんー。そうだよー」

目の前にいたのは風紀副委員長、別名、癒しの女神だとか誰かが呼んでいた、気がする。男子校であるここでは、この風紀副は所謂タチの奴らに人気がある。まぁ、別名に女神とか付いちゃうくらい美人だから当たり前なんだけど。

癒し、というのは雰囲気もあるが、悪行を犯した生徒を更生させてしまうことからだ。厳格な風紀委員長に比べ、ある意味風紀らしくない風紀副は、会話しているだけで何故か心癒され、心入れ替わってしまうそうだ。うん、これ絶対作り話だと思うけど。色んな噂が飛び交いすぎていてどれが本当だかよくわからなくなってしまっている状況だ。

「で、にゃんこちゃんはどうして泣いてるの?」
「……その、にゃんこちゃんって」

もしかしなくとも。

「君のことだよー」

おい、にゃんこちゃんとやらはどうやら俺だったらしい。なんでだ。猫要素どこにあった。というか、この人と俺全く面識ないんだけれども。なんでよく分からないあだ名付けられてんだ。何も言えずに風紀副を見ていると、再びわしゃわしゃと頭を撫で、ふわりと微笑んだ。

「君、よくここで寝てるでしょー?丸まって寝ててふにゃふにゃしてるから、にゃんこちゃん」
「ふにゃふにゃって……」

どっちかっていうとにゃんことか可愛らしいものではなくこんにゃくとかわかめとかが浮かんだのは俺だけだろうか。

いや、それよりもこのお気に入りスポットで昼寝してるの見られてたのかよ、嘘だろ。誰も知ってるはず無いと思ってたのに。

俺の動揺などよそに、風紀副はゆっくり距離を縮めると、そのまま俺を包み込んだ。優しい手で背中を撫でながら、頭はぽんぽんと軽く叩かれる。

「元気出して、にゃんこちゃん。君に元気が無いと、僕も悲しい」
「……な、なんで」
「にゃんこちゃんだからー」

全く意味が分からない。が、それでも気が抜けてしまった俺は、風紀副の胸元にそっと顔を埋めた。


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