彼は冷たい世界の中に (--------) ※姫籠設定 女の子がマネージャー→みんなの性的なおもちゃ。 彼が笑うたびに疑うことを私はやめるべきだったのだろう。笑わなくなった彼を見て、こんなにも後悔しているのだから。 いつも彼は、小さな子供のような口調で私を誘っていた。いろはちゃん遊ぼう、と。部員からマネージャーに対しての言葉、それは即ち命令だ。 彼にとっての人形遊びは、ままごとのようなもの、なのかもしれない。 不道徳な恋人ごっこ。私はその名前だけの関係が、彼はおもちゃがわりの身体が手に入る。利害関係が一致する、というのが彼の言い分。 彼がいつも浮かべているのは冷笑で、痛みに悶える私に向けられるのは、嘲笑。 きっと彼が笑うのは楽しいからではなくて。嬉しいからでもなくて。彼のよく使う言葉で表すならば、なんとなく、だ。だから、彼の笑顔のどこに本当の気持ちが隠れていたのか、私は見つけられなかったのだ。 だけど、そのままでよかったのかもしれない、お互いに。 「いろはちゃんってさ、俺が相手せんでもここに残るん?」 そう綾くんが尋ねたのは、いつもみたいに彼がパソコンをしている向かい側で私が暇をもて余していたとき。 元々綾くんは普くんや淳くんのようにベタベタするのはあまり好きではないようで、最近は遊ぶことさえ少なくなっていた。 私が「やめる」と、即答すると、綾くんは「あぁ、そう」といって、開いていたノートパソコンからSDカードを抜き、私に渡した。中身は見ていないけれど、恐らく部活中の映像だろう。 「……辞めろってこと?」 「辞めんの?」 「つまらなくなった?」 「うん、まぁ、そんな感じ」 パソコンを閉じて行儀悪く両足を机の上に乗せると、綾くんは机の上に置いていた携帯を触り始める。 薄っぺらいSDカードはまだ機械の熱を持ったままだった。つまんで真ん中へ向けて力をいれると、それはパキッと音をたてて簡単に折れてしまった。 「綾くん」 彼は、何、と返してはくれたけれど、携帯からは目を離さない。いつものことだ。 この会話だって、そう。いつもの会話と大差ない。恋人ごっこが終わるだけで、これは別れ話などではないのだから。 「私が告白したときのこと、覚えてる?」 「さぁ。でも俺、断っただろ?」 「うん、断った。けどね……」 彼の答えは、卒業するまで彼女を作る気はない、という、噂で聞いていた通りの言葉だった。そのあとに綾くんが「部活に来るのなら相手してもいいけど」と言うことも、密かに教えてもらっていた。 全て知っていて、私はマネージャーになるつもりだった。 けれど。 「いろはちゃんは部活に入ってどうすんの?」 予想していなかった質問に、私は口ごもった。 「俺、彼女をマネージャーにする気も、マネージャーを彼女にする気も、ないんだけど」 「私は、綾くんと一緒にいたいだけで……」 「彼女じゃなくても?」 「……うん。それでも、いいから……」 まるで入試の面接のときみたいに……いや、それ以上に緊張していた。 「そんなことしていろはちゃんは辛くないの?」 きっとこうやって同じことを何人にも言われているんだろう。だからその言葉も、簡単に身体を差し出した私に対しての嫌味なのだと思っていた。 「いろはちゃんがそういうこと好きっていうんなら好きにすればいいけど、俺にそこまでする価値はないと思うぜ」 あのとき彼が嘲笑っていたのは、私ではなかったのだろう。 全てを知ったところで見えたものは、彼の冷めた心のなか。 涙は熱を抱いて流れていく。彼の冷たさは、きっとそのせい。 「やっぱり、いいや」 頭のいい綾くんのことだから、覚えているはずだ。言わないのはきっと、思い出したくないから。 「言いたいことは言えばいいのに、いつもみたいに」 「私、もうマネージャーじゃないから」 「あぁ、だからいうことは聞きません、って?」 「うん、そう」 私は笑ったけれど、笑顔は返ってこなかった。彼はもう私を見て笑ってはくれないのかもしれない。 その笑顔を疑ってはいけなかった。そして、奥を探るべきではなかった。 そのまま受け取っていれば、私は……。 「じゃあね」と、部室のドアを開け、一度だけ振り返ったけれど、彼は私なんて見てはいない。もう二度と開くことのないドアを閉め、私は家路についた。 私は、彼の特別な人になれていたのかもしれないと思うのは、傲りだろうか。 end →/menu [← | 少女 | →] |