スノーホワイトシンドローム
(横溝香史)

終わりが見えないのがとても辛かった。あまりに遠すぎて、そこまで歩ける自信がなくて。
だから、それを聞いた瞬間は確かに動揺したけれど、考えてみるとさほど悪くないように思えた。

それというのは、俺の寿命があと半年程度だということだった。
あと半年しか生きられないということは、つまりその半年間のことだけを考えて過ごせばいいということだ。きっともう学校にもいかなくてもいいだろう。普段ならばあっさり断られるわがままだって、今ならば通るかもしれない。どんなことをしようかと考えると、夏休み目前のように胸が弾んだ。

俺が終わりを教えてもらうことになったのは、いろはの死を望んでいたことがおこがましい行為だったからではないだろうかと思っている。口に出してはいなくとも、いつも密かに願っていた、いろはがどうにかして死んでしまわないだろうか、と。

いろはが俺の目の前からいなくなるというだけでは不十分だった。いろはが生きているかもしれないという状態では、俺は今以上に苦しむことになる。俺はいろは以外を愛することはできないだろうし、いろはが俺以外を愛することがあるかもしれないからだ。

いろはの死を想像すると離れることがとても辛い気はしたけれど、それ以上に安心した。いろはがいなくなれば、常に悩まされている、この誰かに肺を掴まれているかのような胸の苦しさから解放されるのだから。

ずっとそんなことを考えていたけれど、全てが今、逆転した。

俺が死んだあとにいろはがどうするのかはわからない。確かにそこで俺以外の誰かを好きになる可能性は、ある。けれど、そのとき俺はもういないのだから、仕方がないと割りきれる。

それに何より、俺はその事実を知ることはないし、悩むことも絶対にない。知らなければ俺は彼女の一番のままでいられるし、生きているからこそ悩まなければならないのだ。

俺は彼女のなかで永遠に変わらないものになる。自分が欲しかった彼女の存在と同じ形で彼女の中にいられる。
悲しむことなんて何一つない。


穏やかな気持ちで迎えた彼女に一連の事実を告げると、彼女は俺が余命を宣告されたときと同じくらいに動揺していた。

自分のことのように、もしかしたらそれ以上にショックを受けている彼女をみて、何故か俺の心はざわついた。

いろはは俺のことを想って悲しんでくれているのだから、喜ばしいことであるはずなのに。今までならば、いろはが俺のために感情を動かしてくれたことを嬉しく思っていたはずなのに。

これは、ありがとう、と言うべき場面だ。しかし、震える彼女を見つめる俺の顔に笑顔は浮かばなかった。

いろはの涙が静かに溢れると、それに合わせてぽつりぽつりと雨が窓を打ち始めた。

「置いていかないで……」

置いていくだなんて心外だ。これで俺はいろはの心から消えることはもうない。つまり、ずっと一緒にいられるのだ。
喜んでくれればいいものを、どうして泣くのだろう。

さわさわと降りだした雨はすぐにどしゃ降りへと変わった。今はもう、自分のため息さえも聞こえない。

「どうして泣くの?」

「……って……香史、くん…………」

その先は小さすぎて俺の耳に届く前に消えてしまった。

どうしたら泣き止んでくれるのだろう。いろはの姿を見ていると、雨を止めるのと同じくらい無謀なことのように思える。

「泣かないでよ」

「そん、な…………」

「これでいろはは俺のこと、忘れられないだろ?」

「忘れない! 忘れない、けど…………」

「それじゃあ俺は幸せだよ。いろはに愛されたままで死ねるんだから」

「そっ……んな、こと…………」

言わないで、と泣き崩れるいろはに、俺は「嬉しくないの?」と尋ねる。

「いろはも考えてみなよ、もう喧嘩をすることも、不満に思うこともなくなるんだよ? 俺はずっといろはのことを愛してるし、いろはだってそれを疑う必要もなく生きていられる。だから、泣かないで、喜んでくれたらいいんだよ」

必死に想いを伝えたけれど、いろはが落ち着く様子は見られなかった。

やはり俺の力ではその涙を止めることはできないのだろう。かける言葉はもう見つからない。自分の考えは伝えたのだから、俺にはこれ以上どうすることもできないのかもしれない。

「…………いやだよ」

俺のシャツの裾を掴み、いろはは呟いた。黙って手を重ねると、いろははその腕にすがり付いて、また泣き始めた。

俺が死んだことがわからなければいろはは笑って生きられるのだろうか。いろはが知ろうとさえしなければ、俺はいろはの中で生きたままでいられるのだろうか。

必死に考えているのは、俺が今までに望んでいたものとは正反対の願いだった。

「…………頼むから、笑ってよ」

雨は降り続いている。先程よりもわずかに落ち着いてきた雨音は、いろはの泣き声を消してはくれない。

俺は今、悲しいのかもしれない。


end

(世界で一番君を好きなのは誰?)




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