待ちぼうけ
(榎本真乃)


君はもう知ってるはずだ。そこまで鈍感ではないし、それなりに恋愛だってしてきてるんだから。

オレだって知ってるんだ。いろはがオレのことをそんな風には見ていないってことを。

だけど、ずっと待ってるんだよ。いつか、いろはの気持ちが揺れるのを。



隣を歩くいろはは、そこまで身長の高くないオレよりも、さらに10センチ以上低い。

「真乃君、いつもごめんね」

ノートの束を持ってるオレに、いろはは軽く頭を下げる。

好きな子に親切にすることなんて半分以上は下心。気にしないで、なんて微笑みながら、その唇にキスしたいな、とか考えてる。

マコと違ってオレって恋愛対象にはならないタイプだと思う。っていうか、意図的にそうしている部分がある。万が一彼氏ができても途切れない関係。そこに落ち着いていられるように、男である部分を隠している。

だからこんなに臆病になってしまったのだろうか。興味のない女の子には「好き」だとかいう冗談を平気で言ってるくせに、本人には「かわいい」という本音さえ言えないなんて。


机の上にノートを置いて職員室を出ると、いろははまた、お礼を言った。

「ありがとう真乃君。助かったよ」

そして、いつも続けるんだ。真乃君はホント優しいね、って。

いろははニコリと、オレの大好きな笑顔を浮かべる。だけどオレは、嬉しくなんてなれなかった。

優しいなんて言葉で誤魔化さないでよ。

俯いて唇を噛み、泣きそうになるのをグッと堪える。

「そんなことを言ういろはは、優しくないね」

女々しいというより、子供なだけかもしれない。いつも素直な人間であるかのように言われるけれど、全然素直になれていない。

どうしたの、なんて白々しく尋ねられ、思わずオレの頭を撫でるその細い腕を掴むと、いろはは驚いたように一歩退いた。

それが全てを物語っていた。

ほらね、優しくない。冷たいとか、酷いとか、そんな厳しい言葉をあてられる程のことではないけれど、優しいを否定するには十分な態度。

いろははもうとっくに気付いてるんでしょ? なのに突き放してもくれず、近付いてもくれないなんて、ヤサシクナイ。

いろははオレの手を振り払ったりはしなかったけれど、固まったその表情と見つめている瞳の冷たさだけで、十分辛かった。

その顔を隠すようにオレはいろはの身体を抱き締める。

抵抗はなかった。

そのまま押し倒したら、なんて考えたって、関係が途切れるのが怖いオレは実行もできない。

「……これでも、オレのこと優しいと思う?」

「思うよ」

即答するいろはの声が遠く感じられる。

オレが離れられないことだって、反対に近づけないことだって、わかってるんでしょ? だからいろははそこから逃げないんでしょ?

その場で動けなくなっているだけのくせに、口では君を待ってるだけだなんて強がっているオレは、単なる臆病者だ。

精一杯の嫌味を込めてもその程度しか言えないオレは、舐められたって仕方がないのかもしれない。

「真乃君、大丈夫?」

大好きな声が耳元で聞こえても、やっぱりオレはそれ以上は動けなかった。


END


好きな子には手を出せない子ってかわいいと思います。



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