刺殺
(---------)


振り下ろされたナイフは私の太股に深々と刺さった。

「ああああっ!」

自分から出たことを疑うくらいの絶叫が響く。叫んだのは紛れもなく私だったのだけど。

「ごめんなさい。首を切って楽に終わらせた方が先輩にとってはよかったんでしょうが……」

香史君はナイフを掴み、ためらいなく抜き取る。血飛沫が舞う中に、再び私の絶叫がこだました。

「どうしても先輩とお話がしたくて」

彼は人を刺したとは思えない程落ち着いていた。誰かが彼の顔だけを目にしたならば、きっとみんな口を揃えて言うだろう、素敵な人ね、と。

「こ、こうし、くん……」

「はい」と返事をした彼の表情の変化に、私はさらに恐怖した。

「ど、どうして……わら、わらって……」

そう、彼は笑ったのだ。私の顔は強ばって筋肉が震えているし、動揺で喋ることもままならないというのに。

「先輩が、僕の名前を呼んでくれたからです」

それだけ? という疑問が浮かんだことに彼は気づいたのだろうか。

「嬉しいじゃないですか」

彼は言った。

「あんなに冷たかった先輩が、僕に話しかけてくれてるんですよ?」

今までの態度を思い返して、私は後悔した。いくら気持ちに応えられなかったからといって、ひたすら逃げて拒絶し続けたのは間違いだった。追い詰められてからの反省になんて、意味はないのかもしれないけれど。

「こうし、くん……わ、わた、わたしの、こと……」

殺すの、と尋ねたかったのに、声にはならなかった。

伸びてくる彼の手が視界に入り、反射的に身を引くと、足に激痛が走った。また刺されたのかと思ったけれど、ナイフは彼が握っている。

「僕のこと、きちんと見て下さい」

私の頬に手を添え、 まるで子供に言い聞かせるように、彼は言った。

「最期に先輩を見ていたのは僕なんですよ」

物語を語るような、優しい口調だった。

「最期に先輩に触れていたのは僕です」

私を刺したのは彼ではなかったのかもしれないと、錯覚しそうになる。

「最期に先輩と話していたのは僕です」

過去形にされた全ての言葉は数分後の未来を示している。

「最期に先輩を愛していたのは僕です」

「……あいして、る……?」

「えぇ、愛していますよ」

血を流し続ける太股は、 鼓動に合わせて突き抜ける痛みと共に脈打っている。まるでそこにもうひとつの心臓ができたようだ。

「ねぇ……香史君は今、しあわせ?」

彼は赤く汚れた頬を緩ませ、嬉しそうに目を細めた。

「えぇ、最高にしあわせです」

end

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