第1話・ある軍曹の凱旋








『共和国との停戦協定は依然として膠着状態を極めています。各地で敵対軍との小規模な交戦も依然頻発しておおりますが、我が国の並々ならぬ猛者の振る舞いは・・・』
『辺境の無法地帯、薬物汚染が深刻化。蔓延の背景には・・・』
『アマリリス地方西部に位置するドグマンド市近郊にて昨日未明、爆弾テロが発生しました。昨今帝国南部にて同様の破壊行為を行った勢力「ガリガンチュア・アーミー」による犯行である線が濃厚と見られ・・・』

歩道の映写タイルは今日もよく磨かれて、反面暗くよどむんだニュースを宙へと投じた。共和国との戦争そのものは若干帝国サイド、つまり我が国が押していると司令部が前線を鼓舞していたようであったが、ノーマンはまた苛立ちに青筋を立てて強面をしかめる。なかなかどうしてもどかしい。腹立たしい。
国全体が戦勝に浮かれながらも混迷を極めて久しく、あらゆる局面がどれも上手く運ばずに滞っているのは明らかだ。どこかで一石を投じるような打開策が必要なのだろうが、帝国の中枢たるシティに来てみれば市民の様子は国の傾ぎとは無縁の賑わいだった。ノーマンを始めとした一部の兵士達にしてみれば、戦地へ赴き血と汗にまみれた先だっての有事がバカらしく思えて仕方ない。その明るさがこの帝国首都に限っての栄華であり、辺境に踏み入るほどに荒廃が目立つとあっては尚更の事だ。国全体が潤っているならば戦火を国に及ぼさないという点においては軍の本分は全うできているとも言えるのだが。ノーマンはやり場のない鬱憤を持て余さずには居られない。

スクランブル交差点でノーマンらの乗る車は、車内に充満するかのような彼の怒気を知らずかホログラフィック・ニュースの泳ぐ市街でアイドリングをストップしてしまった。信号が瞬く間にターン。すぐさま溢れ返る窓越しの雑踏は隔絶された朗らかさに彩られる。この眩しい喧噪も何ヶ月ぶりであろうか。
「どうした、カーライル」
「何でもございませんよ、少佐」
「嘘をつくな。戦地とまるで変わらん形相しよって。いっちょう今からでも前線に戻るか?」

ご冗談を、とノーマンは眉間にしわを寄せたままにやりと笑った。ステイシー少佐も心得ているのか、助手席にてしゃちほこばる部下の肩を力強く叩いてみせた。
バックミラーに映り込むノーマン・カーライル軍曹の面構えは、とてもじゃないが上司に向けて然るべき代物ではない。しかし軍人としてはこの上なく頼もしい強面なので少佐は愉快そうに鏡越しに目配せをした。ノーマンの溶岩のように深く照る赤毛に薄曇りの空を写した明るい灰の目はぎょろぎょろと照り輝いて、ぼやけた鏡面を隔てて尚、その相貌は見る者を圧倒する。自動操縦の乗用車でなければ運転手に睨みをきかせて憂さ晴らしもできただろうが、生憎この車は政府公用の厳重なセキュリティのもと遠隔操作され政府区間の中心へと急ぐ最中だ。只でさえ静音仕様の厳重なリニア・ホビーはベアリングの細部までメンテナンスを施され、ノーマンの額に浮き上がる青筋からその血流までも聞き取れそうな快適な空間を作り上げる。

「おお、戦勝大売り出しだそうだぞ?」
「何処です」
「ほら、あれだ。このデパートも大概古いがよくやっとるもんだ」

徐行中の車外にちょうど、この街の観光名所でもある百貨店が重厚な設えも堂々とアドバルーンを掲げている。古めかしいネオンや高級そうな紙の宣伝広告が一際歴史を感じさせるが、自分が戦地に出向いている間にここも投影カタログを導入したと見えてノーマンは柄にもなくセンチメンタルな思いに浸った。やはり自分がどれほどに苦労しても、世界は遠いところで我知らず巡っているのだ。
カタログからランダムに飛び出す動画や画像は戦前の流行とさほど変わりないものの、初秋らしくオリーブ・グリーンや緋色の服飾が踊り通行人を引きつける。この街のいびつながら人を惹き付ける賑わいの、そのまた清潔な部分のみを抽出して反映したかのような面持ちだった。それでいて卒のない装いはこの店の魅力でもある。この百貨店だけでなく商業区のメインストリートでもある近辺の佇まいはさすが、上流階級の人間を数多育ててきただけあって実に理路整然と華々しかった。

この商業区を抜けるとそこは今日、軍人2名が目指さんとする行政区が仰々しくビルディングを並べている。政治、経済、学術、技術開発の中心的拠点がこの街にひしめく様はあの行政区を軸に据えた装飾過多の独楽のようだと、いよいよシティが栄華を極めた昨今においてニュースで度々取り上げられるようになった。

ノーマンはウェブ・ニュースで流れた俯瞰動画を思い出すも、後部座席に座る上官から目を離そうとはしない。当の少佐は普段高くつく衣服が安く手に入る事が素直にうれしいのか、それとも戦勝の威光をトップに飾るデパートの商戦を楽しんでいるのか機嫌が良かった。それに反目するかのようにノーマンのわだかまりは苛立ちを栄養に膨れ上がる。そろそろ問いただしても少佐への敬意に背く事はないだろう。

「少佐」
「何だ?お、見てみろ、あれ。あれは今度売り出した警備ロボットじゃないか?」
「・・・お言葉ですがね、ステイシー少佐」
「わかっとるわかっとる!そうこの世の終わりのような顔をするな!」
「俺がこのでこっぱちの青筋でこの世の終わりを呼ぶ前にですね?お分かりならば教えちゃもらえませんかね」

少佐はノーマンの逆鱗につまずくのはごめんだ、とでも言うようにバックミラーをぐいとノーマンに向ける。ちかちかと薄曇りの陽光が跳ね返り車内を照らした。

「俺を戦地から呼び戻した本当の理由は何なんですか。書類の通りだったんなら軍の今後に全く期待もできやしない」

至極本人としては言葉を選んで、ノーマンはともすれば怒気を滲ませそうにはやる口先を押さえ込んだ。
書類。辞令が彼のもとに届いたのは半月ほど前の事である。その時の雷に打たれたような落胆を思い出してはノーマンはおのれの短気っぷりを再認識した。落胆よりもいの一番に怒りを感じたのだから筋金入りだ。その好戦的な性質こそが彼を戦場で出世させた最たる長所である事は否めないのだが、しかし短気は損気とでも言おうか。彼は知らぬ間にその短気に多くの人間を巻き込んできた。彼自身それを悔いた事はないが、敵を多く作ってきた現実はとりあえず考慮すべき事案として彼に自覚を急いた。
その結果がこの辞令なのだろう、とノーマンはこの人生において初めて得心らしき得心も経て、しかし相変わらず憤りをバイタリティとして今に至る。
自分の軍人としての人生に後悔などないし、天職だと誇りを持っていただけに少佐との同乗の際はやり場のない怒りを抑える事だけが不安材料だった。彼をここまで育てた信頼すべき上官の前でわめき散らすなどもってのほかだ。
現に今、ステイシー少佐はふんふん、と頷いてノーマンへの返答を模索しているようだった。上官、というより初等学校で教鞭を取るベテラン教師のような鷹揚さで、少佐はノーマンを許容した。彼の全体の風貌も大岩を組み合わせたかのような無骨さで、カイゼル髭すら粗野な頼もしい印象に力を添えている。そういえば少佐は帝国南方に住まう民族『砂塵』の血を濃く継いでいるらしく、未だくっきりとたくましい黒髪は健在。髭もどおりでたくましい筈である。もう60も半ばだと言うのに、ノーマンとしてはてんでこの男に敵う気がしなかった。

「お前の言う通り、いや、辞令の通りというわけではないのだ。決してお前は戦局に不相応な士官であったからと呼び戻したわけではない」
「じゃあ、・・・失礼、では、なぜあのような表現をなすったのでしょうか。あれでは前線に残った部下に対して要らぬ不安を、」

少佐は口髭をため息でなびかせた。ノーマンは今日初めて上官の顔にかげりを見いだしたような気がした。

「そもそも、前線にあのような形で辞令を広めるなどという事はあってはならなかった。それに関しては儂の不徳とするところであるな。だが、お前には早々に任務に就いてもらわねばならんのだ。その為にはお前を一刻も早く前線から切り離さねばいけなかった。・・・ここまでは分かってくれるな」
「あんまり分かりたくはありませんな」
「減らず口がクビになった原因という事でも良かったんだぞ」
「よしてください、ほめたって何も出やしません」

少佐はやれやれと口髭を乱暴にしごいた。軍においてもノーマンのような荒くれ者が幅を利かせていられるのはひとえに少佐のカバー、もといフォローがあってこそである事が伺い知れる。部下からの信頼も篤いステイシー少佐に、御すれば頼もしき脅威となるノーマン軍曹の取り合わせは国防省においても知れ渡っていた。

「おい、」
「何です」
「お前のところのかわいいお嬢さんに似合いそうな服が見えたぞ。そこの歩道でピン球菓子をたらふく抱えた子の服だ」
「それは良い。せっかくですし経路を変更して似た服をあつらえましょう」

車窓の向こうからのびやかで甲高い子供の声が届いた。少佐はこの子の事を指したのだろうか。聞き耳を立てるとどうやらブルジョワジーらしき少年がその主らしい。男子の服を勧めてくるとは、少佐もよく分かっているとノーマンは苦笑いした。
少年は投影カタログの動画から抜け出したかのようにこの国の流行を全身に纏っていた。あか抜けてそれでいてあどけなく、軽やかにスクランブル交差点を横切り走り去る。彼のビロードをふんだんに織り込んだ上着や上等なカフスが視界にまばゆく掠めていった。あでやかな衣擦れの音も聞こえてきそうな距離だ。
ノーマンが目で追った先にはやはり身なりの良い男性が佇んでおり、かと思えば両手を広げて少年を待ちかまえ柔らかく抱きすくめる。ガタイも良くて日に焼けて、恐らく先の前線から帰還した将校だろう。負傷もせずまして戦死する事もなく、温かい家族のもとに戻ったかの男の存在は、歪つながらも眩しい。少年は全身で気兼ねのない嬉しさを表し、男の懐でとても愛らしい笑顔を見せた。
2人の醸し出す空気はノーマン達の見てきた惨状など露ほども感じさせず、もといこの場にて将校も見てきたであろう戦地について語るには余りに幸せすぎるだろう。絵に描いたような生者の謳歌が聞こえるかのようであった。戦勝をそこここでうたう世論とあって将校達の実入りはずいぶんと潤っているようで、戦争の良きところだけをすくい取ったかのような街で彼らは活気づく。それはノーマンとて悔しいながらも同等である。あの将校と似た空気を自分もどこかで滲ませているのだ。この街で待つ者がいるからこそ、この歪んだ世情に疑問を持つ行為は若干に難しさを伴うのである。かの人が、あの子がいるからこそのこの生に、今更疑問を持つ事のおこがましさをこの街は上品に示唆するかのようだった。

「生憎だが行政区でお前に辞令が下ってからならば好きなだけ自由行動としよう」
「辞令と言いますと?」

それは着いてからの話、と少佐は口を閉ざして瞼を閉じてしまった。ここに来るまでに何度か交わされたやりとりにノーマンも便乗して眠ってやりたい衝動に駆られる。敬愛する少佐を前にそのような非礼には及ばなかったが。
いくらその少佐が直々に同行したとはいえ、嫌な予感がしてならない。ノーマンは助手席で懐の空虚な重みを感じ取りため息を吐いた。行成区への凱旋という事で武器の携帯は許可されず、そこには空っぽのホルスターが収まっているだけに過ぎなかった。

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