火花が、バチバチ(2)



「お前たち、何も知らないのか?」



 通路を挟んだ隣の机から、つんと澄ました声が飛んできた。リン以外のメンバーは、バッと振り向いて、すぐ、一斉に、嫌な奴に出くわしたという顔をした。ベティに至っては、顔の向きを大鍋の方に戻している。

 彼を見るより大鍋を見る方を選ぶとは……なんとも言えない気持ちでベティを見るリンの耳に、また声が届く。



「あんなに話題になってたのに……君ら、ちょっと疎すぎるんじゃないか?」


「ああ、スミス。僕ら、君と違って温厚だからさ。他人〔ひと〕の醜聞とかに、君ほど神経を尖らせてはいないんだよ」



 ちょんと上向いた鼻で笑うザカリアス・スミスに、ジャスティンが、氷柱のような言葉を返した。リンがベティに話しかけた瞬間に豹変する辺り、腹黒い。

 ハンナは、そっと顔を逸らした。アーニーとスーザンは、リンを振り返ったが、すぐに互いの顔を見合わせ、諦めたように肩を竦めた。


 リンは、バチバチ火花を散らしているジャスティンとザカリアスを一瞥した。しかし、何も見なかった振りをして、立ち上がる。

 材料を取ってくる旨をハンナに伝え、ベティを伴って薬品棚へと歩き出した。



「ザカリアスって、ホント嫌〔や〕なヤツ」



 だいぶ生徒の少なくなった棚を漁るリンの横で、ちらりと目だけで振り返ったベティが言った。

 リンは、配置の乱れた薬品を軽く整頓しながら「うん?」と意識を彼女に引っかけた。見ると、ベティは少し膨れている。



「あの、他人〔ひと〕を見下した目と顔と声と態度! 言うことだって、いちいち棘があって……失礼にも程があるっての! どうにかなんないのかしら!」


「そう? 私はあんまり喋ったことないから、よく分からないけど」


「ええ、そりゃあないでしょうよ」



 小さく首を傾げるリンに、ベティが噛みつくように言った。

 リンに失礼な態度を取るような人間は、片っ端から、番犬(ジャスティン)が、リンの周囲から(陰で)排除している。そのことを、リンは知らない。

 そもそも、リンの人望を知った上で、正面切ってリンに喧嘩を吹っ掛けるような馬鹿な輩〔やから〕など、普通ならいない。


 無意識の内に防壁築いてやがるんだよ、こいつは。


 睨〔ね〕めつけるベティには気づかず、リンは、棚から必要な材料を取り出した。いくつかベティに渡して、二人で分担して持ち帰る。



「あいつら、まだ材料を準備してるのか?」



 二人が通路を歩いていたとき、ひっそりした笑い声が、他の生徒たちの作業音の間を縫うようにして、リンたちのところまで飛んできた。

 振り向いたベティは、一人のレイブンクロー生と目が合った。艶やかな黒髪が特徴の、マイケル・コーナーだ。大鍋の中身をかき回しながら、リンたちを指差して、ペアのアンソニー・ゴールドスタインに「あれで間に合うのかな?」と囁きかけている。



「………うっざ」


「いきなり何? ベティ、何に苛立ってるの」



 はっきり届いたクスクス笑いに、ベティが苛立って舌打ちすると、リンは、怪訝そうな表情を浮かべた。マイケルの言葉は無視しているのか、はたまた完全に聞こえていないのか……後者だったら、浮かばれない。

 ベティは少しだけ、無視されてショックを受けている様子のマイケルに同情した。


 そんなことがあったのだが、結局、及第点をもらえる「ふくれ薬」をクラスで一番に作り上げたのは、リンだった。いつも通りの展開である。


 不満そうというか、不機嫌そうというか、ふてくされているマイケルを遠目に見て、ベティは「さっさと諦めればいいのに」と思った。





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けっして、いまのいままで存在を忘れてたわけじゃないんだ、ザカリアス
 


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