ダイアゴン横丁(2)



 最初の買い物の店は、狭くてみすぼらしかった。


 埃っぽいショーウィンドウに、色褪せた紫色のクッションと、その上に杖が一本だけ置かれていた。扉には、剥がれかかった金色の文字で“オリバンダーの店 ――― 紀元前三八二年創業 高級杖メーカー”と書いてある。


「……これ、本当かな……」


「……さあね」


 中に入ると、どこか奥の方でチリンチリンとベルが鳴った。店内を見渡して、リンは感嘆の息を吐いた。


 小さな店内の天井近くまで、何千という細長い箱が整然と積み重ねられている。こんなにあったら、どれがどれだか分からない。というか、これは全て杖ということなのだろうか? すごい生産能力だ。


「いらっしゃいませ」


 柔らかな声がした。突然のことに、スイがビクッとした。リンは静かに声のした方へ目を向ける。


 一人の老人が立っていた。店の薄明かりの中で、彼の大きな薄い色の目が、二つの月のように輝いている。


「……こんにちは」


 とりあえずといった風に、リンは静かに挨拶した。スイは彼女の服にしがみついて、老人を睨んでいる。


 老人は、じっとリンを見たあと「おお、おお」と息を漏らした。


「そうじゃとも。まもなくお目にかかれると思っていましたよ、ヨシノさん」


 なぜ名前を? とリンが聞く前に、老人が続けた。


「お父さんと同じ目をしていなさる……懐かしい……あの子がここに来て最初の杖を買っていったのが、ほんの昨日のことのようじゃ。あの杖は二十八センチの長さ。黒檀に一角獣のたてがみ。良質でしなやか……」


 話しながら、オリバンダー老人は、さらにリンに近寄った。


「お母さんは桜の杖が気に入られてな。二十六センチで、少し気まぐれな杖じゃった……あの子には合うようだったが……いや、母上が気に入ったと言うたが……実はもちろん、杖の方が持ち主の魔法使いを選ぶのじゃよ」


 すごい記憶力と肺活量だ……オリバンダーの話を聞きながら、リンはぼんやりとそう思った。


 やがて老人は話を終えたらしく、ポケットから、銀色の目盛りの入った長い巻尺を取り出した。


「さて、それではヨシノさん。拝見しましょうか。どちらが杖腕で?」


「……あ、両利きですけど……よく使うのは右、かな」


「腕を伸ばして。そうそう」


 スイは、リンの肩から飛び降りて、机の上に乗り、老人がリンの肩から指先、手首から肘、肩から床……と寸法を採るのを見た。


 一通り採寸した後、オリバンダー老人は棚の間を飛び回って、箱を取り出した。


→ (3)


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