不穏な始まり(10)



「 ――― まあ、ざっとこんなもんだな。何か質問はあるかい?」


「いえ、特には。丁寧な説明をありがとうございます」



 全然聞いていなかった素振りなど微塵も見せず、リンは礼と共に軽く微笑む。ウッドは「どういたしまして」と、どこか誇らしげに笑った(こうしていると、普通の気のいい好青年なのにな、とリンは思った)。



「また何かあったら、遠慮なく俺のところに来てくれ」


「はい。そのときはよろしくお願いします」



 当たり障りのない返答をし、リンはそっと一息ついた。やっと終わる……。


 ……ところが、そうはいかないようだった。ウッドが、リンに、更なる会話を振ってきた。



「そうだ、リン、ニンバスが新しい箒を出したのは知ってるか?」


「………いえ、そういうのは、少し疎くて」


「もったいないなあ。うん。今からでも遅くない、見に行こう」


「………は?」


「大丈夫、すぐそこだ」



 爽やかに笑いながら、ウッドはリンの手を引いて歩き出す。ちょっと待って、とリンが焦り出す前に、二人は「高級クィディッチ用具店」の前に辿り着いてしまった。


 ここまで来たら仕方ない。リンは諦めの溜め息をついた。



「ほら、リン、見ろよ ――― 中々素晴らしいと思わないか?」



 ショーウィンドウの中に入っている箒をうっとりと眺めて、ウッドが言った。リンも目を向ける。

 スラリとしたシルエットが実に美しい箒だ。ピカピカに磨き上げられた柄に、これまた美しい金文字で銘が書かれている ――― 「ニンバス2001」。



「今月出たばかりの最新型だ………」



 熱を込めた目でニンバスを見つめ、ウッドは惚れ惚れと溜め息をつく。リンは瞬いた。


 確かに綺麗な箒だと思う。技術的な水準も相当高いだろうとも予想がつく。だが、リン個人としては、色合いが微妙に気に入らなかった。旧型ニンバス2000シリーズに比べて、少し色が暗いのだ。

 もう少し温かみのある色合いがいいなぁと思うリンの横で、ウッドが箒に関する蘊蓄〔うんちく〕を語り始める。


 それをまた適当に聞き流しつつ、リンは、いつ話を切り上げて帰ろうかと思案した。



 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で受けたショックは、とうの昔に消えてしまっていた。



→ (11)


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