不穏な始まり(7)



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 一方、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店を飛び出したリンは、ダイアゴン横丁内を疾走していた。

 買い物客たちが、何事かと視線を向けてくるが、リンは全く気にしない。気にする余裕がなかった。ただ、あの空間から、できるだけ離れたかった。


 耳の奥でガンガン響く母の声を振り切るように目を瞑ったとき、身体に強い衝撃が訪れた。思わず目を開くと、視界が目まぐるしく回るのが分かった。頭がクラクラする。

 ふと気がつくと、リンは真っ青な空を見上げていた。パチパチと瞬く。身じろいでみれば、手に何か固いものが触れた。

 視線を下に向ける。リンは、石畳の上に尻餅をついていた。



「ごめんっ、大丈夫かい?」



 不思議に思うリンの頭の上から、声が降ってきた。顔を上げると、背の高い少年(というより青年に近い)が、申し訳なさそうな、そして心配そうな顔でリンを見下ろしていた。


 彼を見つめて、リンは頭の片隅で朧げに理解した。きっと、前を見ていなかった自分が、彼に衝突し、さらに尻餅をついてしまったのだろう。初対面の人に迷惑をかけてしまったことを、リンは恥じた。



「あ、あの、すいません。前見てなくて……」


「いや、俺も周りを見てなかったし……いや、それより、立てるかい?」



 そう言われて、リンはようやく、彼がリンに手を差し出してくれていたことに気がついた。気まずさを感じつつも、リンはそれを押し隠して、彼の手を取らせてもらった。ちゃんと、彼に謝罪と礼を言うのも忘れない。

 恐縮しているリンに、青年はおかしそうに笑った。



「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。君は俺の後輩だからな、怒ったりはしないさ」


「………え」



 リンは青年の顔を見上げた。目が合った彼は、ニッコリと爽やかに笑う。「爽やか」の代名詞だとベティが評していたセドリック・ディゴリーとは、また違う爽やかさだ。

 彼の顔を眺めて、リンは記憶を辿った。この先輩は、確かに見覚えがある。しかし、ハッフルパフ生ではないはずだ。となると、グリフィンドールかレイブンクロー、はたまた大穴でスリザリンか。


 思考を巡らせていたリンは、不意に、青年の頭の奥に見えた看板に意識を取られた。「高級クィディッチ用具店」と書いてある。



「………あ」



 リンの頭の中で、記憶の糸が結びついた。同時に心の中で、なるほど見覚えがあるはずだ、と納得する。知る人ぞ知る ――― いや、知らない人でも知っていそうな人物だ。



「グリフィンドールの、キャプテンさん」


「クィディッチ・チームの ――― と、つけてくれると、もっと嬉しいな」



 実に得意そうな笑顔で、オリバー・ウッドは言った。



→ (8)


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