ダンスタイム .2



「見えないよ。そうでしょう? ひとの目には見えない生き物だもン」

「じゃあどうして分かったの? 気配を感じられたりするの?」

「そんな感じだよ。なんとなく、いるって気がするんだ」

「なるほど」

 そういうことは、あり得なくもない。納得するリンに、ルーナがパチパチと瞬きを繰り返した。

「そんなのいるわけないって言わないの? みんな嘘だって言うよ?」

「言えないよ。だって、有ることを証明できないことは、無いことの証明には必ずしもならないもの。無いことを証明することは不可能なんだから、存在する可能性を完全に否定することはできないよ。そうでしょう?」

 淡々と、どこか不思議そうにリンが言う。ルーナは大きな目を丸くした。傍で聞いていたセドリックとエドガーも感嘆したように息をつく。

「……あんた、とっても賢いひとだね」

 しばらくして、ルーナが口元に笑みを浮かべた。どことなく目がキラキラ輝いている。エドガーが「お、リンが気に入ったか、ルーナ」とうれしそうに呟いた。

「いいやつだろ、リンは」

「うん。前からなんとなく分かってたけどね」

「そうかー」

 ニカッと明るく笑ったエドガーが、ルーナの頭からリースを外して、彼女の頭を撫で回す。わしゃわしゃと雑な仕草だったが、ルーナはくすぐったそうに笑って、文句も言わずにそれを受け入れた。

 なんとなく自分が邪魔者であるような気分になって、リンはセドリックを見上げた。目が合う。彼も同じ気持ちのようだった。離れようかと合図を受け、リンは頷き、そっとその場をあとにした。

**

 音楽が再び落ち着いたテンポの曲になっていたので、リンたちは気晴らしにまた踊ることにした。人混みのなかに紛れて、ステップを踏んでいく。真横でダンブルドアとマクゴナガルが踊っていたので、ちょっと緊張した。

「何か、飲み物とかいるかい?」

 適当なところでダンスをやめて端に寄っていく途中、セドリックが尋ねてきた。リンはふるりと首を振った。

「いえ、さっき飲んだので大丈夫です」

「そうか。……あ」

 不意にセドリックが「しまった」と渋面を浮かべた。どうかしたのかと首を傾げるリンに、エドガーたちがいるテーブルにバタービール(栓を抜いただけで飲んでいないらしい)を置いてきてしまったと呟く。

「ちょっと取りに行ってくるよ……待ってて」

「はい。いってらっしゃい」

 するりと人混みを掻き分けていったセドリックを見送って、リンは息をついた。ドレスを着ているからか、緊張しているからか、身体に変な力が入ってしまっている。ちょっと疲れたなと思うリンの肩を、だれかが叩いた。

「こんばんは、リン。よければ僕と一曲踊らないか?」

「え……」

 答える前に、リンの片手は相手に取られ、腰にも腕が回された。いきなりの接触にリンの身体が硬直する。困惑して、リンは相手の顔を見上げた。

「ザ、ザビニ、」

「なんだ?」

 楽しそうに口角を吊り上げて、ブレーズ・ザビニは首を傾げた。リンが戸惑っていることは分かっているはずなのに、どこ吹く風で、ぐいぐいとフロアに引っ張っていく。力が強いわりに乱暴な感じは与えないあたり、女の扱いに慣れているのだろう。

「ちょっと待って。私、パートナー、」

「まだ戻ってこないだろう? 一曲だけなら大丈夫さ」

 腰に回した腕に力を込められ、さらに耳元に顔を寄せて囁かれて、リンの身体が跳ねた。まったく免疫のないことをされて、思わず鳥肌が立つ。セドリックに視線をやると、エドガーになぜかヘッドロックをかけられていた。こちらに意識を向ける余裕はなさそうだ。

 こういうときに限って、エドガーは余計な邪魔をしてくれる。頭のどこかで苛立ちを覚えたが、現状に対する混乱の方がはるかに多くの容量を占めている。断らなければと焦るのに、ザビニは「いつもきれいだけど、今日は一段と美しいな」「そのドレス、君によく似合ってる」などと言葉を並べ立てて、リンに口をはさむ隙を与えない。

 どうしよう。この人、苦手だ。

 いっそ横面でも張って逃げようかと思ったとき、声が割って入ってきた。





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