新入り屋敷しもべ妖精 .1



「和食が食べたい」

「唐突だな」

 読んでいた本を閉じて発言したリンに、ミニチュア・ショート‐スナウトと攻防を繰り広げていたスイが、戦いを中断してツッコミを入れた。

 隙を突いたミニチュアが吐いた炎が、スイが羽織るローブ(リンのお手製)を直撃する。焦るスイを見て、リンが手を振り、火を消して焦げた部分を元通りに直した。

「炎は危ないから吐いちゃだめ。いつも言ってるでしょう?」

 静かに注意されてミニチュアがしゅんとする。リンにだけはしおらしいやつめ……。スイがイライラと尻尾を振った。機嫌の悪いスイを、本を置いたリンが抱え上げる。

「和食が食べたい」

「さっき聞いた」

「いざ参らん厨房へ。もう夕食を振る舞ってる時間だから、キッチンは空いてるはず」

 テンションがおかしい。よほど欲求が強いらしい。スイは目を瞬かせた。知的欲求のほかは食欲や睡眠欲すら薄いのに、珍しい。何かあったのだろうか?

 そうこう考え込んでいるうちに、厨房に到着した。ハッフルパフ寮から近いので、あっという間だ。リンとスイの訪問に、屋敷しもべ妖精がわらわらと駆け寄ってきた。

「いらっしゃいませ、お嬢様!」

「リン・ヨシノ様、本日はどういったご用件でしょう?」

「ちょっとキッチンを、」

「リン・ヨシノ!」

 用件を伝えようとしたリンを遮って、しもべ妖精が一人、ほかの妖精を掻き分けて近寄ってきた。大きな緑色の目に、リンが映っている。

「……ドビー?」

「はい、リン・ヨシノ! ドビーめにございます!」

 間違いなくドビーだった。ただ、リンの記憶にある彼とは少し違っていた。汚れたベッドカバーを着ていないし、包帯も巻いていない。代わりに奇妙な出で立ちをしていた。

 帽子代わりにティーポット・カバーをかぶり、それにキラキラしたバッジをたくさん留めている。裸の上半身には馬蹄模様のネクタイを締め、子供のサッカー用パンツのようなものを履き、ちぐはぐな靴下を履いていた。片方は黒い靴下、もう一方はピンクとオレンジの縞模様だ。

 あまりのファッションセンスにスイが絶句する。リンの方はパチクリ瞬いて、一言「なんで靴下がバラバラなんだろう」とだけ思った。対になっていることを知らないのだろうか。

「ドビーはリン・ヨシノにもお会いしたく思っていました! ああ、ドビーはいま幸せです!」

「ドビー、話はあとです! リン・ヨシノ様はキッチンをお使いになるのです!」

 べつの屋敷しもべ妖精が、話し続けるドビーに注意をした。大きな丸いブルーの目がまっすぐリンを見上げる。リンは一瞬、ムーディの「魔法の目」を思い出した。

「何かおつくりになるのですか? 夕食の料理がお気に召しませんでしたか?」

「いや、君たちの料理はいつも美味しいよ。とくにかぼちゃパイは絶品 ――― あぁ、持ってこなくてもいい」

 慌てて言うと、かぼちゃパイを用意しようとしたしもべ妖精たちが動きを止めた。

「今日は和食が食べたいから、つくりにきたんだ。材料はあるかな?」

「和食でしたら、リン・ヨシノ様、モノーがおつくりいたします!」

 リンの傍にいる屋敷しもべ妖精が言った。ようやくドビーのショックから立ち直ったスイは、妖精を見て瞬いた。この妖精には見覚えがある……授業時間にハッフルパフの談話室を掃除しに来たところに、何度か遭遇した。

「……君、ずっと前、かりんとうをつくりに来たとき、私の傍で見てた子?」

 じっと妖精を見下ろしたリンが、ふと首を傾げて言った。妖精は目を輝かせてぴょんと跳ねた。

「覚えていてくださった! モノーは感激でございます!」

 調理の間ずっと視界に入っていたのだ、記憶の片隅にくらい引っかかる。リンが思っていると、モノーはつらつら語り出した。





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