スウェーデン・ショート・スナウト .1



 シルバーブルーの鱗、長く鋭い角、鞭の如くしなる尻尾。唸り、牙を鳴らして威嚇している巨大ドラゴンを目の前にして、セドリック・ディゴリーは固まった。

 ついにやってきた試合当日。観戦用スタンドの隅に立ったリンは、じっとドラゴンを見た。肩にはスイ、隣にはジンが立っている。

 今日はジンの誘いを受け、この三人での行動だ。ちなみに、ケイとヒロトも一緒に来たがったが、ジンに威圧されて引き下がった。この広い観客席のどこかでデニスとコリンと騒いでいるだろう。

「……あのドラゴン、けっこうかわいいですね。ミニチュア版でほしいです」

「どこ見てんだよ」

「せめてディゴリーを見てやれ」

 ぽつりと呟くと、スイとジンからツッコミを入れられた。二人は杖を上げたセドリックを見ている。そっと息をついて、リンも視線を向けた。

 グラウンドにあった岩が一つ、鳥へと姿を変えた。さらにセドリックが呪文を行使して、鳥が巨大化した。翼を閉じた状態でも、ドラゴンの頭より大きいのが分かる。

 スウェーデン・ショート‐スナウトがじろりと鳥を睨んだ。セドリックが合図して、鳥がショート‐スナウトに向かって飛来していく。

「おお、そう来るか!」

 解説のバグマンが叫んだ。観客もそれぞれ興奮した声を上げている。なにやら首を傾げるスイを見やるリンの横で、ジンが息をついた。

「なるほど、たいした囮だな」

「鳥なら、相手の意識を上方に向けさせることができますからね」

 与えられた課題は、金の卵を取ること。そのためには母親ドラゴンの目を卵から離さないといけない。それに、卵を取ろうとする者を悟らせないことも必要だ。だから囮作戦はなかなかいい線だ。

 囮の陣地を空中にしたのも賢いと言える。地上では行動範囲が狭く、ゆえに攻防の巻き添えを食らいかねない。なによりショート‐スナウトがセドリックの存在に気づく恐れがある。

 正直に言えば、動きを止める作戦の方が安全だと思う。だがそれには相当な実力が必要なので、致し方ないのだろう。身の程を知っているのは美徳だと、ジンは思った。

「どうでもいいですけど、あの鳥、たぶんジン兄さんを意識してますよ」

 ひらりひらりと空を舞ってショート‐スナウトの吐く炎を避けて陽動役を務める鳥を見つめて、リンが呟いた。

「あれ、鷹でしょう?」

 指摘を受けて、ジンは瞬いた。その通り、鷹だ。ホグワーツで鷹と言えば、みんなが思いつくものは一羽……ジンのペットだ。そう思い当たって、ジンはふっと笑いを漏らした。スイも尻尾を揺らす。

「妙な趣向を凝らすやつだな」

 ジンの視線の先で、セドリックは慎重に歩みを進めていた。グラウンドにある岩を次々と「肥大呪文」で大きくして、その影に隠れながら着実に卵へと近づいていく。観衆は息を呑んで見守っていた。

「……もっとキビキビ行けばいいのに」

 慎重すぎないかとリンが呟く。ジンとスイはコメントを返さないことにした。セドリックはリンほど怖いもの知らずではないし、身体が大きいぶん見つかったときの防御が困難なのだ。

「さあ、慎重に……時間よりも一回での成功を狙っていきます」

 バグマンもひっそりと解説をしている。プレッシャーをかけているようにしか思えない。少し黙っていられないのかと、ジンは思った。もともと彼の軽薄なところは好いていない。

 ついに、卵に一番近い岩の影にセドリックが潜り込んだ。ショート‐スナウトが鷹に向けて炎を発射するのを窺い見て、杖を構える。鷹が突然、ショート‐スナウトの頭の上を旋回して喧しく鳴き出した。

 セドリックが駆け出した。ショート‐スナウトが鷹を追いかけて二歩ほど卵から離れ、首を伸ばして鷹に噛みつこうとした瞬間だった。杖を向け、鷹をもっと騒がせて、ショート‐スナウトが鷹を目掛けて炎を吐く下で ――― 卵を取った。

「やった! ――― おおっと!」

 拍手したバグマンが息を呑んだ。爆発しかけた観声も消える。スイがパッと目を覆う。ショート‐スナウトがセドリックに気づき、太い鞭のような尻尾を振り下ろしたのだ。かろうじて避けたセドリックに、ショート‐スナウトが顎を開く。

「危ない! もう一撃くるぞ!」

 バグマンの注意と同時か、それより一瞬早く、セドリックは慌てて杖を上げた。鷹が急降下して両者の間に滑り込み、そこで縮み、元の岩に戻った。





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