ボーバトンとダームストラング .2



 やがて、リンが瞬きをして一点を見つめた。同時にダンブルドアが先生方の間から声を上げた。

「ほっほー! わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表団が近づいてくるぞ!」

 ざわめきが走った。生徒たちがそれぞれバラバラな方向を見回す。グリフィンドールの列から腕が出て、「あそこだ!」と、リンが見ている森の上空を指さした。

 何か大きなものが、濃紺の空を、ぐんぐん、こちらと疾走してくる。アーニーが「あれはなんだ?」と声を張り上げた。どこからかドラゴンだと意見が出てくる。

「バカ言うなよ……あれは空飛ぶ家だ!」

「引いてるのは鳥か?」

「えー? ヒッポグリフじゃない?」

 デニス・クリービー、ケイ・ヨシノ、ヒロト・ヨシノが叫ぶ。リンは、すっと目を細めて小さく呟いた。

「……天馬と、馬車」

 その通りだった。巨大なパステル・ブルーの馬車だ。これまた巨大な十二頭の金銀に輝くパロミノ天馬に引かれて、こちらに飛んでくる。

 ドーン、大きな衝撃音とともに、天馬の蹄が地を蹴り、馬車が着陸した。近くで見ると本当に大きい。家かと言いたくなる。馬だって、蹄だけ見ても、ディナー用の大皿より大きい。

 そして、中から現れた人も巨大だった。ハグリッドとほとんど変わらない背丈だろう。むしろ、全体的にどっしりしているハグリッドと違ってスラリとしている分、この女性の方が高く見える。ハイヒールと、ぐっと上げた顎のせいかもしれないが。

「……見栄で規格外サイズを用意したのかと思ったけど、実はリーズナブルだったんだね」

「リン。辛辣だし、失礼だぞ」

 しみじみ呟くリンに、ローレンスが背中を小突いてきた。リンは小さく肩を竦めた。スイはマントから顔を出してポカンとしている。ここまででかいとは思わなかった。

「マダム・マクシーム、ようこそホグワーツへ」

 ダンブルドアが挨拶した。女性が差し出した手を取り、キスする。身体を曲げるより、手をやや引き下ろすことの方が、よほど必要な感じだった。

 ボーバトンの生徒たちは、みんな震えていた。着ているローブはどうやら薄物の絹のようで、マントを着ている者は一人もいない。あれでは震えるのも無理はないだろう。

 マダム・マクシームは、外でダームストラングの一行を待つより城の中に入ることを選び、学生たちを引き連れて優雅に石段を上っていった。

「ダームストラングの一行はいつ来るんだろう? 早く来てくれないと、僕らが凍えてしまうよ」

 震えながらアーニーが言った。スイが頷く。ハンナやスーザンの顔が白いのを見て、リンは防寒のために結界を張った。

「リン? 何かしてくださいましたか?」

「保温してる」

「ああ、助かるよ、リン。ありがとう」

 ジャスティンが変化にいち早く気づいて、リンに声をかけてきた。リンが肯定すると感嘆の息をつく。その隣でアーニーが感謝を述べた。

「リン、俺たちは?」

「先輩方は我慢してください」

 エドガーがぐいとリンの髪を引っ張った。その手を弾き落としてリンがピシャリと言うと、ロバートが「ひでぇ!」と嘆き真似をした。ローレンスが「威厳ねぇぞ、先輩方」とからかう。

「ご自分で『保温呪文』でも使えばいいじゃないですか」

「……リン、賢いな」

 目から鱗が落ちた顔でロバートが言ったとき、セドリックが口を開いた。

「静かに。……なにか聞こえないかい?」

「どっから?」

「……湖」

 ロバートの問いに、リンが呟きを返した。大きく不気味な音が闇の中から伝わってくる。巨大な掃除機が川底を浚うような、くぐもったゴロゴロという音。何かを吸い込む音……。




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