彼女と始まった夏(2)



 スイは、本当は猿(オス)ではなく、人間(女性)だった。しかも凛よりずっと年上で二十三才だった。さらに、実は異世界人だった。


 現役で大学に合格し、大学生としての生活を満喫していた、とある冬の日、学校帰りに、とある奴に襲われて刃物で刺されて殺されて、この世界へとトリップしてきてしまったのだ。それも、当時七才になったばかりの凛に憑依するという形で。


 その後色々あって、結局、凛の祖父によって凛から引き剥がされ、猿に憑依し直した。最初は成仏しても良かったのだが、偶然ここ――― つまりこの世界――― が、生前自分が愛読していた本の世界であることを知り、どうしても留まりたくなったからだ。


 とにかく、姿は小猿(しかもオス)でも中身は二十三才の女性であるスイは、凛の姉貴分として(凛は一人っ子)約四年付き合ってきたわけだ。だから、スイが言葉を話していても、凛と彼女の家族は全然気にしない。さすがに他人の目があるところでは、スイは話さないが。


 そこまで考えて、スイは、はたと気がついた。


「あー、そうか。そうなるとボク、学校じゃあ、ずぅっと黙ってなきゃいけないのか……大変だなぁ……」


「……え? なんで?」


 スイの溜め息に反応して、凛が、いつの間にか読み始めていた本から目を上げた。不思議そうな顔をしている。スイはまた苦笑した。


「あのね、猿が喋ったら、生徒たちがビックリするでしょう」


「え……スイ、学校に来るつもりだったの?」


「え、普通についていくつもりでしたけど……?!」


 スイは思わず叫んだ。この子はボクを置いていくつもりだったのか! とショックを受けているのが、しっかり表情に出ていた。それを見てしまった凛は焦り出す。荒れたスイは面倒なのだ。


「だって、ペットとして連れていっていいのは、ふくろうか猫かヒキガエルって」


 慌てて言う凛を、スイはギロリと睨んだ。


「ネズミがありなんだから猿もありだろ?! 日本人だからとか言って通せよ!!」


「無茶苦茶な……」


 そんな理由で規則を捻じ曲げられるものなのだろうか? イギリスの学校は日本より校風が緩いのだろうか……よく分からない。でも確かに、向こうには制服の指定がない学校もあると聞いたことがあるような……もはや違う思考を始める凛に、スイはさらに捲し立てる。


「大体、ボクはね、君のことを心配してるんだよ! もしイギリスで変な虫がついたら………って、聞いてる??!」


「ああ、うん。国が違うと文化も変わっちゃうよね」


「何の話?! ちょっと待って、なんか話噛み合ってないんですけど?!! 明らかにボクの話聞いてなかったよね君!!」


「え? だって、聞かなきゃいけないような、大層な内容じゃなかったよね?」


「どうしよう泣きたい」


 両手で顔を覆ってガックリと項垂れるスイを見て、凛は「もう、スイ、めんどくさい」と呟く。


 それが、さらにスイの心を抉っているのだが、生憎と凛本人は気づいていなかったりする。きっと血筋だろうとスイは思っている。


→ (3)


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