闇の印 .3



 歩き出したリンのフードの中から、スイは半眼でセドリックを見上げた。周りに目を向けながら、ちらりとリンを見ている。ついに、キャンプ場の方からドォンと轟音が聞こえたとき、完全に顔をリンに向けた。

「すごい音だけど、大丈夫?」

「え? なにがですか?」

「あの轟音……その、雷が轟いてる音に似てるから」

 リンは瞬いて、セドリックを見た。それから思い当たって納得する。そういえば、去年ジンが雷のトラウマについて話したとき、彼も聞いていた。貧血(血というより精気を失っていた)がひどくて記憶が少し曖昧で、すっかり忘れていたが。

「ドォンとかゴロゴロは平気ですよ。どちらかというと、眩しい光とか、ピシャーンとかバリバリの方が苦手です」

「……そっか」

 セドリックは安堵したようなバツが悪そうな、さらに不安を感じたような、いろいろな感情が混ざった複雑な表情を浮かべた。それを一瞥したリンは、足を止めた。

「……あのときは、ありがとうございました」

 まっすぐセドリックに身体ごと顔を向けて、リンは礼を述べた。それから、呆然と瞬きを繰り返すセドリックに、補足の言葉を続ける。

「ジン兄さんの気持ちを私が知りたいと思っているだろうと、指摘してくださったことです」

「……いや、あれは……僕、そんなたいしたことはしてないよ。ただ、勝手な憶測を感情に任せて口に出しただけだ」

「それでも、うれしかったです」

 うろうろと視線を彷徨わせて謙遜するセドリックを見上げて、リンは口元に笑みを浮かべて言った。

「勝手な憶測じゃありませんでしたし……、どうして私の思ってることが分かったのか、ちょっと疑問ですけど」

「ああ、それは……、」

 首を傾げるリンに、セドリックが口を開いた。しかしリンと目が合った一瞬の後、言葉を濁らせる。リンは目を瞬かせたあと、じっとセドリックの目を見た。

「……それは?」

「いや、なんでもないよ」

「なんですか? 気になります」

「気になる? 本当に?」

「本当に、です」

 むきになってないか? とスイは思った。セドリックもそう思ったのか、ふと口元に手を当て、小さく笑い出す。リンは口角を下げた。

「……どうして笑うんですか」

「リンが可愛いから」

「……は?」

「それと、一瞬でも僕を見て『気になる』って言ってくれたのが、うれしくて」

 柔らかく目を細め、頬を緩めて笑うセドリックに、リンがきょとんとした。その肩に顎を乗せたスイは、イケメンめ……と思った。普通の女の子なら、その表情を見て卒倒するだろう。

 リンが何か言おうとしたとき、傍の茂みが揺れた。パッと振り返ったリンの目に、暗闇に浮かぶきれいな白銀が映った。




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