ハイテンション・ショッピング .2



「よし! お嬢ちゃんの目と度胸に免じて、負けよう! 一個五ガリオンでどうだ?」

「そもそも買う気ないんですけど」

 さらりと言うリンの頭を、スイがひっぱたいた。ジニーもリンの腕を掴む。そしてリンの耳元に顔を寄せ、セールス魔ンに聞こえないよう小声でまくし立てる。

「なんで買わないの?! せっかく負けてくれるって言ってるのに!」

「だって、五ガリオンでもまだ少し高いよ」

「だったら、もうちょっと負けさせましょうよ! ね?」

「負けさせるって……別に、そこまで欲しくないし」

「あたしが欲しいの!」

「…………」

 せがむジニーに、ついにリンが折れた。スイが尻尾を揺らして、ビルがクックッと笑う。助け舟は出してくれないのかと、恨めしげに二人を見つめたあと、リンはセールス魔ンに向き合った。


 そのあと、なんだかんだと数分かけて、リンは見事、三個十ガリオンで「万眼鏡」をゲットしたのだった。

 嬉しさのあまり踊るジニーに、驚嘆するビル、疲れた様子のリンとセールス魔ン。その中で、スイが「この子ホントに何者だよ」と遠い目をしたのは、誰も知らない。


 財布が少しだけ軽くなり、三人はテントに戻った。

 チャーリー、フレッド、ジョージは緑のロゼットを着け、ウィーズリー氏はアイルランド国旗を持っていた。パーシーは何も買わなかったらしい。相変わらずだと、スイは呆れたように尻尾を揺らした。

 リンは辺りを見回して首を傾げる。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、まだ帰ってきていないのか。

「三人とも、『万眼鏡』なんて買ったのか?」

 ふとリンたちが首からかけているものを見て、チャーリーが目を丸くした。

「それ、十ガリオンもしただろう」

「それよりうーんと安く買ったわよ。三個で十ガリオン。リンが負けさせてくれたの」

「マジかよ」

 悪戯っぽく笑ったジニーのセリフに、双子が反応した。いったいどうやったんだと、リンに詰め寄ってくる。スイが、リンのパーカーのフードの中へと避難した。

 双子の背後では、チャーリーとビルが「そんなことをさせたのか?」「ジニーがせがんだんだ」「いや止めろよ」「でも、リン、ロゼットも負けさせてたから」「……マジか」などと話している。

 その横では「おまえたち、やめろ。みっともない。いいか。そもそも、値段を負けさせるという行為は……」と、双子に対してかリンに対してか顔をしかめるパーシーに、ジニーが食ってかかるのを、ウィーズリー氏が宥めている。

 誰も助けてくれないのか……恨めしく思いながら、適当に双子をあしらっていると、ようやくハリーたちが帰ってきた。しかし、リンがホッとする間はなかった。

 ジニーの自慢話を聞いたロンが、ものすごい形相でリンに詰め寄ってきたのだ。聞けば彼は、十年分のクリスマス・プレゼントと引き換えに、ハリーに定価で買ってもらったらしい。

 金払ってないくせに文句言うなよ、と思ったリンだが、口には出さないでおいた。さらにまくし立てるロンをどうしようか迷ったが、ハーマイオニーとジニーが、彼を黙らせてくれた。

 一段落ついたとき、どこか森の向こうから、ゴーン……と、深く響く音が聞こえてきた。同時に、木々の間に赤と緑のランタンが灯り、競技場への道を照らし出す。

「いよいよだ ――― さあ、行こう!」

 ウィーズリー氏が声を上げた。子供たちに負けず劣らず、興奮している。何気にこの中で一番落ち着いているのはビルかもしれないと、フードから顔を覗かせたスイは思った。



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 中国語の授業を受けていたとき、教授が「中国では、値札通りの金額なんて払わないよ。常に交渉して値切って買うんだよ」と言っていたので。英語の教材にもその記述があったという驚きの事実。




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